phase:6
「
ラーズは珍しく焦っていた。
彼の生涯で焦る場面はもちろん何度もあったが、ここまで切羽詰まったのは久しぶりである。
えっと、あれはいつだっけ?
確か、大挙して押し寄せてきたギャングに殺されかけた時以来かな?
まあ、そんなことはどうでもいい。
「ちぃっ、ちょっと目を離すとコレかよ!」
件の焦燥感の原因はマリアベルである。
ブリトニーから約束の時間になっても集合場所に現れないとの報告を受けてから20分。
ラーズはこの街の表と裏の顔を知っていたから、マリアベルがトラブルに巻き込まれたとすぐに察知した。
「ラーズ、どうしよう?」
不安そうな顔でラーズを見やるブリトニー。
彼女もこの街で生まれ育ったから、この街の危険さは十分承知していた。
「どうするもこうするも、探す!」
そう言うやうなや、おっとり刀で駆け出したラーズである。
「ったく、首根っこに首輪をつけて、鈴でも付けなきゃ駄目なのか、あのワンちゃんは!」
ラーズはぶつくさふてくされたが、自分の不安を押し殺すための方便だ。
内心は不安で不安で仕方なかった。
(婦女子が誘拐されるなんてこの街では珍しいことじゃない。あてずっぽうに探して見つかるものでもないし……)
ここは昔取った何とやら、知己の友を頼るしかあるまい。いや、友と呼ぶには語弊があるか。
ラーズは街の情報屋の中でも、信頼できるある人物を頼って裏路地に足を踏み入れた。
と、
「あっら〜ん、もしかしてラーズちゃんじゃな〜い?」
気味の悪いしなを作ったダミ声。明らかに男だろう、これは。
果たして、長身のひょっろっとした中世的な男性が現れた。耳がとがっている……彼はエルフのようだ。
「相変わらずキモいな、下僕2号。まさかマラチンをちょんぎったんじゃあるまいな?」
「まあ、酷い! ワタシはヨハン・ミレウスという立派な名前があるのよ? しかもれっきとした乙女なのにぃん」
「うるせ〜、テメエはヨミで十分だ! そんな長ったらしい名前で呼べるか、ファッキンゲイ!」
「あ〜ん、つれないんだからぁ。でもそこがクールです・て・き☆」
ラーズはウィンクするヨミにげんなりした。
こいつが元「導き手」だとはとても思えなかった。
導き手とはエルフの中でも特に優秀な者を指し、いわゆるその集落を統べる酋長のようなものだ。信仰する
しかしこいつは「はぐれ」だ。
人間の世界に混ざっているエルフは多かれ少なかれ「異端」であり、それを森に住むエルフたちは蔑んで「はぐれ」と呼んでいた。
ハーフエルフやクォータエルフは、こうしたはぐれエルフがこしらえた子孫であり、人間の世界にもエルフの世界にも馴染めない複雑な立場となることが多い。
ブリトニーのように……
「……お前と話すと疲れるから端的に聞く。赤い髪のごっつい美少女を見かけなかったか?」
ラーズは聞くのもうんざりといった感じでそっけなく質問を投げかけた。
するとヨミは人差し指でぽんぽんと唇を叩いて、それならと目を見開いた。
「ああ、あの娘のことね? 先ほど男に連れられているのを見かけたって聞いたわ」
「! どこだ!」
「もう、がっつかない! そんなにワタシが欲しいの?」
「……いい加減にしないと俺の剣の錆にするぞ」
ラーズは地の底から響くような声で凄んだ。
「あら〜ん、それは残念。剣で切り刻まれるプレイもステキそうだけど、命あってモノだねだしぃ」
「分かったら教えろ」
「う〜ん、ここよ」
そう言うとヨミはばさっと地図を広げて目的のポイントを指した。
「いつ頃だ?」
「ついさっき」
「すまん、恩に着る」
そう言うとラーズは懐から銀貨を取りだしてヨミに投げつけた。
「あら、乱暴なんだから」
「悪いな、時間がない」
言っている間に早速駆け出していた。
事態は刻一刻を争っている。
マリアベルをかどかわした連中がどんな奴らかは知らない。
しかしロクでもない結末が待っているのは明白だ。
ラーズはこれまでそういう多くの凄惨な末路を見てきた。
暴行され犯された挙句無残に切り刻まれた婦女子を何度見てきたことか……
悲鳴を上げて男たちの慰み物にされるマリアベル……それが想像できてしまう自分の想像力が恨めしい。
「ファッキンシット! ざっけんなよ、そんなことさせるか!」
ラーズは歯を食いしばって跳躍した。
まるで豹のような身のこなしで、常識離れした速度で駆けていく。
目の前にある壁を蹴ってさらに跳躍し、空中に飛び出した。
と、
「あれは?」
ラーズは眼下に広がる風景の片隅に赤い髪の少女を見かけた。
どうやらを気を失っているようだ。
見るからに怪しい仮面を被った男にお姫様だっこされている。
マズい!
「ベルちゃん!」
言うや否や、空中で姿勢制御して屋根に着地。衝撃で屋根が足の形でめり込む。さらに屋根の角に足を掛けて跳躍。
爆発的な加速で仮面の男に迫った。
「死ねえや、ゴルゥアアアア! らああああああああああああずキぃいいいいいいイイイイイイイクゥウウウ!!」
「!」
ラーズは仮面の男が反応する前に、一気に斜め上空から凄まじい飛び蹴りを加えた!
が、男はその攻撃を寸前で見切ってかわす。
マリアベルを抱えながらとは思えない超反応だ。
「ちっ」
ズサァアアアア!
ラーズは着地するや否や、そのままゴロリと前転すると、反転して逆立ちから回し蹴りを加えた。見たこともない足技である。
「
仮面の男はしかし冷静にその技の間合いを見切って僅かな後退でかわす。
続けてラーズはぐるりと反転して上段後ろ回し蹴りからローキックとまるで台風のような連続蹴りを放っていく。上段下段のコンビネーションは見切るのが極めて難しい。
が、これも男はかわした。
ラーズは軽い衝撃を受ける。
「何者です、君は?」
仮面の男はラーズに問う。
「あっ? 聞く相手間違ってんだろ? ど〜みてもてめ〜の方が怪しいだろうが! まずはてめぇが名乗れよ、ファッキン仮面!」
ラーズは腕だけの力でしゅたっとバク転すると、さっと剣を構える姿勢に移行する。全部常識外れの動きだ。超人的な身体能力といえよう。
すると仮面の男はやれやれと頭を左右に振る。
「悪いが名乗ることはできませんねえ」
「けっ、そう言うと思ったよ。殺人犯にお前が犯人かと聞いて、俺が犯人ですなんて中々名乗らないからな!」
そう言うとラーズは背中に刺したツーハンドソードを引き抜いた。
陽光に照りかえって妖しくギラリと輝く。
「つ〜わけで、おとなしく死ねや!」
凄まじい覇気。
びりびりと大気が震える。
さすがの仮面の男もこれには面食らったようだ。
「やれやれ、そんな大剣を振り回すつもりですか? もれなく彼女まで真っ二つですよ?」
「ふん、見くびるな。俺の女には傷一つ付けずに、てめぇだけ叩っ斬る!」
「……俺の女、ですって?」
仮面の男はラーズの単語が引っかかったのか、嫌悪感を露わにした。
「君のような粗野な男を彼女が選ぶとは思えないのですが、気のせいですかね? もしかしてヒモって奴ですか? だとしたら、殺しても殺し足りませんね、あなたを」
「ぁんだと……?」
「頭が悪い獣は嫌いです。つまりあなたは彼女にふさわしくないと言っているんですよ。分かりましたか、ケダモノ?」
そういうと仮面の男はさっとマリアベルを手放した。
「あっ」
ラーズが口を開きかけたが、マリアベルはふわっと空中に浮いてすうっと後方に移動する。
「あなたの技量で私だけを斬るのはおそらく不可能です。大口を叩く前に自分の実力を見極めてください。自分の女を殺すのですか?」
「くっ」
ラーズは唇を噛みしめた。
確かにこれだけの大剣を器用に扱って、仮面の男に狙いを定めて斬ることは不可能だ。ましてや先ほどの自分の連続コンビネーションを全て見切った手練である。コントロールや手加減など出来る筈がなかった。
だが、有難いことにこれで全力を出すことができるだろう。
愛しい女は離れた位置で眠り姫の如く指を胸の上で組み合わせて眠っている。
「てめぇ、覚悟はできてるか? 今のうちに神様とかいうご都合主義に祈っておいた方がいいぞ」
「その言葉、そっくりお返ししますよ」
仮面の男はポキポキと指を鳴らす。
「私の授業料は高いですよ? 代償はあなたの命です」
そう言うと仮面の男はすっとファイティングポーズを取った。どうやら武器は使わないようだ。
舐められたものである。
「どうしました? さっさとかかってきなさい」
「じゃかぁああああしいいいい!」
ドンッ!
まるで大砲で打ち出されたような超加速で飛び出すラーズ。
この一撃、まさに必殺といえたが、
「ふん」
仮面の男は何やら仕掛けようとしたが……
「? ちっ」
一瞬戸惑ったが、かろうじてラーズの第一撃をかわした。
「おいおい、ぼやっとしてると、死ぬぜぇえええ!」
ラーズはすばやく斬り上げに移行し、さらに畳みかけるように斬りおろしに移る。まるで軽いショートソードを振り回すがごとく、両手剣を片手でひょいひょい持ちかえながら斬りかかるのだ。並みの膂力ではこなせない。熊やゴリラのような化け物じみた力でなければできない動作だ。
長いリーチから繰り出される連撃はまさに竜巻の如く。
この渦に巻き込まれれば間違いなく血風に沈むであろう。
しかし、
「なるほど」
仮面の男は冷静さを取り戻したのか、その後は慌てることはなくひょいひょいと攻撃を見切って避け続けた。
そして今のは決定的な隙だと言わんばかりに何度も睨みつけてくる。
この数度で、彼が剣を握っていれば俺は確実に死んでいた……
「シット!」
ラーズは一端間合いを測るためにバックステップする。
なんだこの野郎は……
武器を使わないのに、いや攻撃すら仕掛けないのにこの俺を圧倒しやがって……
ラーズは知らず知らずのうちに冷や汗をかいていた。やや呼吸が乱れる。
しかし仮面の男も意外そうにラーズを見つめ返してきた。
「いや、驚きましたよ、机上の空論だと思っていましたが……」
「? なんだ、俺の剣撃に恐れをなしたか?」
「はははっ、御冗談を。あの程度でこの私は斬れませんよ。自惚れるのもいい加減にしてください」
「んだとぉ、てめぇ!?」
「吠えないでください、見苦しい。私が言っているのは、あなたに直接魔法が効かない。その事実に驚いているのです」
「……なんだ、その事かよ」
ラーズは若干がっかりした。
ラーズに直接魔法が効かない。これは事実だった。
どういう仕組みなのかはラーズもよく分からない。ただ、ラーズを対象にした魔法は一切効果を発揮しないし、エネルギー系魔法も一切無効化できた。
ちなみにその代償かは知らないが、ラーズは一切魔法というものが扱えなかった。
「ふ〜ん、なるほどたいへん興味深い。いますぐ実験素体として持ちかえりたいぐらいですが、おとなしく従ってくれそうにもありませんよね?」
「当然だ、ファッキン仮面。さて、そろそろ死んでもらうぞ」
「はぁ、ここまでの戦いで実力差を認識してくれたと思ったのですが、とことん愚かですね。やはり一撃を見舞われないと、その猪のような脳には刺激が足りないですか?」
そういうと仮面の男はかかってこいとくいっくいっと片手を立てて誘う。
「けっ、死んでから後悔するんじゃねえぇええええぞぉおおお!」
ラーズが地面を蹴った。
弾丸ダッシュである。
「おやおや、バカの一つ覚えですか? 力と勢いで何とかなるなど……」
仮面の男は最小限の動きでラーズの必殺の突きをかわし、ダンっと右足を踏み出すとともに掌底を放った!
ドンッ!
「がぁっ」
そんなに勢いのある一撃には見えなかったが、ラーズの巨体が軽々と宙に浮きあがり、その勢いのまま壁に叩きつけられた。あまりの破壊力に壁にひびが入る。
「ごふっ……」
ラーズは立ち上がろうとしたが、横隔膜が痙攣して呼吸すら困難に陥った。口の端から泡が垂れる。
「っ……てめぇ……何しやがった」
ラーズは地面にみじめにはいつくばると、なんとか上体を起こそうと試みる。
凄まじい激痛に胃液が逆流しそうだった。
ちきしょう、マリアベルの貞操に危機に、自分は何もできないのか……!
「
「い、言っていやがれ……」
フラフラだが、ラーズは鋼の意志でなんとか立ち上がった。しかし膝が完全に笑っている。確かに戦闘ができそうな状態ではない。
しかし仮面の男はひどく驚いた。
「大したものだ。まだ立つのですか? あなたのような戦士は是非我が組織に欲しいですねえ」
「断る!」
「ははは、聞く耳なしですか? まだ何も言ってないですよ?」
「言っていやがれ! だが、負けるわけにはいかねえんだよ! 俺の嫁には指一本触れさせん!」
「……? 今度は嫁ですか? 彼女はいつあなたと婚約したんです?」
「……そういや気になったけど、なんでてめえはベルの保護者面してるんだ? 誘拐犯のくせに」
「誘拐犯? ……そうか、なるほど。ふふふ……ふははははははははは!」
「おい、気味悪い声で笑うな!」
「あはははは、これは失礼。いや、しかし、これは根本的に大きな勘違いですね」
そういうと仮面の男は仮面に手を掛けるとすちゃっと外した。
ふぁさっと広がる蒼い髪。
女性と見間違えるような細い面立ち、理知的な眉、優しさと強さを秘めた青い瞳、すらっと整った鼻立ち。薄紅を引いたようなうるわしい唇。
絵に描いたような王子様。
超絶美形。
ラーズはあんぐりと口を開けた。
「んだよ、この星の王子様は? まあ、俺様の美貌には負けるけどよ……」
仮面の男の正体、それは負けず嫌いのラーズもやや気圧される美貌の美丈夫だった。
「はじめまして、ケダモノ君。私はフレデリック・ル・ボナパルト。マリアベル・レ・ランカスターの保護者です」
これにはラーズ、さらにあんぐり。
と、
「お〜い、兄貴〜! ベル、見つかった〜?」
ブリトニーが息を切らして追いかけてきた。
そしてラーズと対峙するフレデリックを見やって事の状況を確認する。
「あ、あの〜、こちらの超絶イケメンは誰?」
「あん? 本人に聞けよ、ファックオフ!」
ラーズは血唾を地面に吐き捨てるとふてくされた。
最悪だ。
マリアベルは暖かい陽気の差し込む寝室で目を覚ました。
懐かしい匂い。
見慣れた装飾のある天井。
視線をそらすと、彼女の慕う人が使うドレッサーが置いてあった。
「あれ?」
何かがおかしい。
だが何がおかしいのかはマリアベルはすぐに思いつかなかった。
「ま、いっか」
このベッドは凄く心地いい。
だって、私の大好きなあの人の匂いで溢れているから。
そうだ、もう一眠りしよう。最近はずいぶんと疲れていたから、たまには二度寝も悪くないよね?
と、ガチャっとドアを開ける音が部屋にこだました。
マリアベルは半分寝ぼけた頭でドアの向こうに視線を向ける。
そして思わず跳ね起きた。
「どう? 気分は?」
そこには茶器を乗せた銀のトレイを持つベアトリーチェが立っていた。
信じられなかった。
あれ? 自分はいつの間に帝都に戻っていたのだ?
「疲れた顔をしているわ。長旅ご苦労だったわね」
そういうとベアトリーチェは部屋の中央に置かれたテーブルにトレイを置いた。
「疲れを取るといわれるカモミールをハティに分けてもらったの。彼女、家庭菜園が趣味だから、ハーブを植えているのは知っているでしょ?」
「ハリエット様から?」
何か肝心なことを忘れてはいないか?
しかしマリアベルはベアトリーチェから視線をそらすことが出来なかった。
やっぱり私の憧れの人は美しい。どんな所作一つも絵になっている。
私もいつかあのような美しい人になれるのだろうか……
「ほら、飲んでみて」
ベアトリーチェは淹れたてのお茶をマリアベルに差し出す。マリアベルは軽く頷くとカップに口をつけた。
暖かい。そして身体に染み入る優しい味だった。
「お、おいしいです」
「そう、良かった」
マリアベルの返事にベアトリーチェはにっこりと微笑む。
ああ、この笑顔も久しぶり。
そうだ自分は旅に出ていたんだ。
あれ、何の旅だっけ?
何か肝心なことを忘れているような。ベアトリーチェ様に何かを頼まれていたような。
あ、そうだ!
「ふ、フレデリック様!」
「? あらどうしたの? フレデリックならさっき挨拶に来ていたわよ」
「え?」
ちょっと待って、やっぱ何かがおかしいような……
しかしそんなマリアベルの疑念を余所に、ベアトリーチェは飲み干したカップを受け取ると、丁寧にトレイに戻した。
「えっと、フレデリック様何か言っていませんでした?」
「もう、どうしたの? 今日のベルは何かおかしいわ」
そう言うとベアトリーチェはマリアベルの傍に腰をかけた。
「疲れがたまりすぎて頭が熱を持っているのかしらね?」
「あっ……」
ベアトリーチェは躊躇なくマリアベルの頭を抱き寄せると、自分の額に重ね合わせる。
「う〜ん、特に熱もないみたいだけど」
「い、いえ、いいんです」
マリアベルは顔を高潮させるとどぎまぎした。
お、落ち着け、女性同士だぞ。何も
と、ベアトリーチェがそっとマリアベルの手の甲に自分の手を乗せてきた。
マリアベルはトクンと胸が高鳴る感覚を覚える。
わっ、わっ、ちょ、ちょ、これは……
「それとも、何か悩みでもあるのかしら?」
「な、悩み? 悩みなんてあったかなあ、あははは……」
上の空で口答えするマリアベル。呂律が回らなくなるほど焦りまくっていた。
「ホント? 私にだけこっそり教えて。誰にも教えたりしないから」
そう言うとベアトリーチェはマリアベルの吐息が耳にかかるほどの距離に顔を寄せる。
「ほら、恥ずかしがらずに」
「えっ、えっ」
何か言え。
でも何を言えばいい?
とりあえず自分の望みをぶちまけてしまおうか?
いや、そんなこと出来るわけがないし……二人の大切な関係が壊れてしまうかもしれない。
と、すっとベアトリーチェがマリアベルから距離をとった。
「あっ」
ちょっと残念な気持ちと、これで良かったんだという安堵の気持ちがない混ぜになる。
「ご、ごめんなさい。私、今凄くイケない事を考えていました……」
「ふ〜ん、そう?」
そう言うとベアトリーチェが悪戯っぽい微笑を浮かべる。
「例えばこんなことかしら?」
ひたっとベアトリーチェの指先がマリアベルの敏感な秘部をまさぐる!
何の躊躇もなく差し出されたので、マリアベルは無防備に受け入れてしまった!
「ひぁっ!?」
マリアベルはあまりの衝撃に変な悲鳴をあげてしまう。
ベアトリーチェはしかし全く動じない。それどころかマリアベルの反応を楽しみながら、さらにイケない指使いでパンティの上から秘部を弄んだ。
慣れた手つきだ。マリアベルの性感帯がどこにあるのか知り尽くしているとでも言わんばかりに、次々に嫌らしく攻め立ててくる!
「はぅっ、そこはっ!?」
マリアベルは羞恥心で頭が爆発しそうだった。
何が起きているのか全く分からない。
いや、分かりたくない。
ベアトリーチェ様がこんなにエッチだったなんて……
う、嘘だ!
そうだ、これは夢だ!
しかしそんな淡い希望を簡単に打ち砕くベアトリーチェ。
「あら、可愛い胸ね。素敵よ」
唇でマリアベルの上着をはぎ取ると、さらに空いた左手で淡く膨らんだマリアベルの胸を揉みしだきだしたではないか!
しかも執拗に乳首を指で攻め立てる。
や、やめて!
それ以上やったら……
「あっあっ、ちょっ、べあとり……りチェさまぁ……」
マリアベルは脊髄にビンビン走る電撃に腰が抜けそうになった。
しかもあろうことかあそこから愛液がだらしなく垂れ落ちてしまう。
もうどうすることも出来なかった。
嘘よ、嘘……
もう半泣きだった。
憧れだったベアトリーチェが一気に色々なハードルを乗り越えてきた。
その衝撃はマリアベルの人格が崩壊するほどのものだった。
心の壁がガラガラと音を立てて崩れ落ちる……
「くすっ、心は素直じゃないけど体はとっても素直ね? 嬉しいわ、マリアベルが
ベアトリーチェはそういうとマリアベルの頬に唇寄せ、そっと舌を這わせた。
「いいのよ、全てを私に委ねなさい。私の可愛いマリアベル」
マリアベルはもう意識が消し飛ぶのではないかという痺れの中、ベアトリーチェの言葉を何かの呪文のように上の空で聞いていた。
そしてもうどうにでもなれと自暴自棄になった。
それよりもベアトリーチェが自分の体を弄び、未知の衝撃を与えてくれている。その背徳の快楽に身を委ねようと心がぐんぐん傾いていった。
ああ、そうだったんだ。
私はベアトリーチェ様が好きだったんだ。
そして一つになりたかったんだ。
ベアトリーチェ様はこんなにも私を愛してくださっている。
それに全身全霊をもって応えなければいけないんだ。
「ああ、ベアトリーチェ様ぁ!」
マリアベルはもう限界だった。
ベアトリーチェに抱きつくと、今度は彼女を押し倒して馬乗りになった。
ベアトリーチェは一瞬きょとんとしたが、すぐに悪戯を思いつたような猫のようにほくそ笑む。
「あら、ご主人さまを押し倒すなんて、しつけがなっていないわね?」
その言葉にマリアベルは鋭いショックを受けた。
しまった、自分はどさくさに紛れて何をしているのだ?
あろうことか自分の主人(マスター)を尻に敷くなんて!
「あ、あ、ご、ごご、ごめんなさい! わ、私ったら、な、なんて粗相を!」
しどろもどろになって、慌ててベアトリーチェから離れようとしたマリアベル。
「きゃん?」
それをさせまいと腕をつかんで引き寄せたベアトリーチェ。
マリアベルはベアトリーチェに折り重なる形となった。
トクントクンとベアトリーチェの鼓動が胸に伝わる。
いや、自分の鼓動か?
もうどうでもよくなっていた。
「うふふ、ようやくマリアベルの本当の気持ちを打ち明けてくれたわね? 嬉しいわ、とても嬉しい」
「べ、ベアトリーチェ様……」
マリアベルは恍惚とした表情でベアトリーチェの美しい瞳に魅せられていた。
「わ、私……ベアトリーチェ様が好きです。世界で誰よりも、あなた様のことが好き。だから、あなた様のためならこの命どうなっても構いません」
「そう、私も大好きよベル」
「は、はい」
マリアベルは万感の思いでベアトリーチェの言葉を噛みしめた。
もういい。
女同士でいいではないか。
誰が男しか愛してはいけないと決めた?
神様が許さない恋だとわかっても、この想いを止めることはできない。誰にも止められやしない!
「お姉さま……」
自然と口を突いて出た言葉。
私の愛するたった一人のお姉さま。
「好きです。愛してます!」
マリアベルはもう我慢ならないとベアトリーチェの頭を抱き寄せて唇にむしゃぶりついた。
美しいキスではなかった。
暴力的で淫らで欲望のままの荒あらしいディープキッス。
お姉さまの全ては私のモノ。
ワタシダケノモノナンダ!
ダレニモワタサナイッ!!
「ぁあん、おねえさまぁああああ!」
悩ましい声を上げてマリアベルは目覚めた。
「あっ」
これ、夢だったんだ。
あ、そうか。
そうだよね。
あはははは……こんな夢みたいな素敵な展開ないもんね、普通。
そーだよそう。
妙にリアルで、実はあそこがじっとり濡れちゃったりしてるけど、まあ、若気の至りというか……
ああ、もう!
何キモイ声上げちゃってるの、私?
おかしいったらありゃしないわ……
そしてあっという間に興奮が冷め、酷く憂欝な現実に直面する。
「よっ、今日も一段と色っぽいねえ」
ブリトニーがにんまりとマリアベルの顔を覗き込んできた。
「っえ?」
「う〜ん、凄かったあ。お姉さん、マリアベルの悩ましい寝顔を見てたらあそこがじゅんじゅんしちゃった。ああん、だめぇ。イクぅん……ぷぷっ、可愛い」
うそっ! 全部聞かれてた!?
その事実にマリアベルの何かが崩壊した。
「きゃ……きゃああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!?????????」
まるで窓ガラスを破壊しかねない金切り声。
伝説のマンドゴラやバンシーでもこんな悲鳴を上げることはできないであろう。
ブリトニーはあまりの衝撃に鼓膜がやられたのかと思った。
「あっ、あっ」
マリアベルは一通り悲鳴を張り上げた後、過呼吸で呼吸困難に陥った。
情けなかった。
恥ずかしかった。
怒りたかった。
虚しかった。
そして今すぐ死にたかった。
「ぶ、ブリトニー……聞いてたの?」
「うん」
絶望した。
これが絶望というものだ。
それ以外の言葉が思いつかない!
「ま、まあ、そんな思いつめた顔しないでよ。この年頃ではよくあることだって。好きな人を思ってちょめちょめしちゃうなんて、ねえ?」
ブリトニーは大した問題じゃないとバンバンマリアベルの背中を叩いた。
思わずむせ返るマリアベル。
「ほら、あたしだって、ラーズのことを想って毎晩イケないことやってるし」
「えっ……?」
いきなりの告白タイム。
マリアベルは思わずブリトニーに喰いついてしまった。
「い、イケないことって……」
「え、それ言わなきゃダメ? そ、そこはご想像にお任せしますよ。あたしだって羞恥心の欠片はあるよ」
ブリトニーは顔を紅潮させるとぷいっとそっぽを向いた。
が、マリアベルに向き直ると小悪魔のような微笑みを浮かべる。
「それとも、予習してみる?」
「よ、予習?」
「うん。夜の特別レッスン」
そう言うとブリトニーはマリアベルの寝台に乗っかり、マリアベルに覆いかぶさる姿勢を取った。
一瞬、ブリトニーの姿がベアトリーチェに被って見えるマリアベル。慌てて顔を紅潮させてそっぽを向いた。
「もう! ブリトニー、おかしいよ! こ、こんなの、よ、良くない」
「え、そう? さっきあれだけお姉さまお姉さま連呼してたのに? 女同士はダメ?」
「そ、それは、聞き間違えよ、きっと」
「うそ」
「うっ」
駄目だ誤魔化せるわけがない。特に恋愛感情に敏感な女の子は、どんな些細な兆候も見逃さない。鈍感な男の子と違って、すぐに勘ぐりあててしまう。
「あ、えっと、その」
マリアベルはどうにかしてこの難局を切り開こうと画策したが、
「それとも私、魅力ない?」
いきなり切ない瞳ですがってくるブリトニーに見つめられてノックアウトしてしまった。
「そんな……わけないよ」
「ほんと?」
「うん、とっても可愛い。ブリトニーちゃんはとっても可愛いの。私よりも大人な感じだし、胸も大きいし、スタイルも抜群だし、服の着こなしもかっこいいし……」
言っててそれと比較して自分はなんと貧相な体なのだろうと思ってしまう。
「いいなあ……羨ましいよ。だけど、なんでラーズはあなたを選ばないで私に固執するの?」
つい疑問が口を出た。
するとブリトニーは複雑な表情で唇を噛みしめる。
「知るかよ、あんな奴。あたしがこれだけアピールしてるのにさ……未だに子供扱いさ。キス一つさせてもらえない……」
心なしかサファイヤに輝く瞳が潤んで揺らめいた。
「こんなにあいつのこと想っているのに……なんで……」
「ブリトニー……」
マリアベルはたまらなくなった。思わずブリトニーを抱きすくめて押し倒す。
「きゃっ!?」
ブリトニーは信じられないとマリアベルを見返した。
あなた、自分のやっていること分かってる?
「ねえ、やってみようか、レッスン」
「え?」
今度はブリトニーが面食らう番だった。
「ちょ、まっ、あれ、いわゆるジョークで……あははは……」
「ううん、いい案だと思うの。多分、これをすればラーズはブリトニーちゃんを大人の女性だと認めてくれるよ」
自分は何を言っているんだ。マリアベルもよく分からなくなっていた。でも、そうせざるをえない。
だって、ブリトニーがあまりにも可哀そうで、切なくて、そして可愛らしくて……
そう、食べちゃいたくなったのである。
「あなた可愛いわ、ブリトニー……」
そう言ってマリアベルは蜂蜜色のブリトニーの髪を優しくかきあげる。
マリアベルのルビーの瞳が妖しく揺らめき、何かスイッチを入れてしまったのだとブリトニーは激しく後悔した。
迂闊だった。
まさかこんなにマリアベルがエッチだったなんて……
「そうね、まずはキスのレッスンから始めましょうか?」
「なっ、キスとかいきなり……」
「あら? じゃあ、下のお口からキスしてみる?」
そういうとマリアベルはつつっとブリトニーのパンティに指を這わせた。
ブリトニーはゾクリと背筋を震わせる。
おいおい、待ってくれ。
私、まだ処女(バージン)なんだよ?
口ではカッコいいこと言ってるけど、実は全く未経験なんだよ?
「ちょっ、まっ! だめ! いきなりそっちは!」
「うふふ、でしょ? だからまずはこちらから」
マリアベルはそう言うと、有無を言わさずブリトニーの唇を己の唇でふさいだ。
麗しい舌が蛇のように妖しく絡みつき、美しく咲き誇っていく……
「あっ、くぅ……」
ブリトニーは成すがままだった。
凄い……これがキスの味……
こんなに……こんなにも……
嫌らしくて、淫らで、背徳的で、甘美な香りだなんて!
「どう、キスのお味は?」
マリアベルはブリトニーの舌をたっぷりと弄び、唾液を絡め取って飲み干すと満足げに微笑む。
もはや完全に別人になっていた。
まるでベアトリーチェが乗り移ったかのよう。
女王が飼い猫を愛でるようにブリトニーを妖しく淫らに調教していく……
「す、凄いです、先生……もっと、もっとブリトニーに教えてください。大人の遊び方を……」
「うふふ、癖になるでしょ? 恋は麻薬よ。もう、抜けられないわ」
そういうマリアベルの妖しい美しさときたら。
レオニードが見たら鼻血を出して卒倒するに違いない。
が、
「お〜い、ブリトニー。飯だぞ〜。マリアベルは起きたか?」
凄まじいタイミングでボイドがひょっこり登場。
見つめあう視線。
絡みつく視線。
沈黙。
…………
『きゃああああああああああああああああっ!!!!!!!????????』
半狂乱になった二人は、手の届く範囲にある小物を片っ端からボイドに投げつけた。
「のわっ!? お、おい! 一体何が……ぐはっ」
いきなり投げつけられたごみ箱を鼻頭に受けて卒倒するボイド。
まさにクルティカルヒットである。
哀れなボイドはさらにマリアベルとブリトニーから星の数ほどストッピングを受けた後、止めの一撃のハンマーで意識を奪われた……
マルクト選王国から遥か1000キロ以上離れた神聖ディバイン帝国の首都ディバイン。
その帝都の郊外にあるハリエット邸にて。
「んくぅ」
ハリエットはベアトリーチェの唇からそっと舌を引き抜いた。
見ればベアトリーチェは裸体の上から拘束具で徹底的なまで締めあげられている。
全く身動き一つ取れないのであった。
ハリエットはそれいいことにその上に組み敷いて、ベアトリーチェの
「ふん、いいところだったのに邪魔してくれたわね……汚らわしいドワーフ風情の肉団子め」
ハリエットは不機嫌そうに愚痴をこぼす。
一連のマリアベルの奇行。
本来の彼女では絶対に考えられない暴挙だ。
いったい何が彼女の劣情を駆り立てたのか?
「まあ、実験は成功かな? パルフェタムールのアビオニクスもまずまずといったところね」
ハリエットはそう言うと、屋敷の外に待機している紫色のドラグーンを見やった。
そのドラグーンは第4.5世代の最新鋭機で通称「パルフェタムール」と呼ばれた。意味は「完全なる愛」
愛という単語に人一倍こだわりを持つハリエットらしい女性的なネーミングのドラグーンであった。
このドラグーンの特徴は搭乗者の魔力を強烈に増幅する
「それにしても
そう言うとハリエットは自分の秘部を指でまさぐり、ねっとりと纏わりついた愛液を舌で綺麗に舐め取ってうっとりとする。
恍惚。
マリアベルの心も体も支配できる自分の力に溺れていた。
つまるところ、ハリエット専用のドラグーンを媒介し、ベアトリーチェを
「もう少しであの子たちを禁断の恋に落とすことだってできたのにねえ? 素敵なカップルの誕生を応援したかったわ」
そういうと自分が尻に敷いたベアトリーチェを見下す。
「良かったわね、ベア。あの子、あなたが大好きみたいよ? このまま順調に調教していけば、帝都に戻るころにはあなたを見るなり尻尾を振って嬉ションするんじゃない?」
クスクスと悪戯っぽく微笑むハリエット。
ベアトリーチェはなんとか首を動かすと、かすれそうな声で反論した。
「だ、駄目。あの子をこれ以上辱めないで……」
「辱める? 違うわ」
ベアトリーチェの言葉に不機嫌さを隠さないハリエット。
「あの子の心を開放してあげているだけよ。愛は素晴らしいことだわ。そして性に目覚め、身も心も天に昇華するのよ……ああ、なんて美しいのでしょう」
「歪んでいる……」
「あなたが言えた義理!?」
そう言うとハリエットは手に持っていた鞭をシュパンとしならせた。
ピシッィイイイイ
「あああああっ!」
「言うことを聞かない雌猫はお仕置きよ。あなたが太陽の女王なら私は月の女王。ここは私のテリトリー。私の王国なの。誰が主人か言ってみなさい?」
ハリエットはシナを作ると猫なで声で尋ねる。
「さあ」
「……私のご主人様は……ハリエット・デュ・バレンタイン様です……」
「クスクス、あら、ちゃんと言えるじゃない? じゃあ、ご主人様の命令は絶対、当然よね?」
「そういう
ベアトリーチェは身を引き裂かれる思いで歯を食いしばった。
そう、全ては仕組まれていたのだ。
自分がここまで精神的に崩壊してしまったのは、ハリエットがカースで毎日毎日、気づかれないように念を送りこんでいたからである。
確かにフレデリックに対して自分は劣等感を抱いていた。
しかしそれを逆利用して、ハリエットはベアトリーチェの怨嗟の念を増幅させていった。
つまりハリエットは精神魔法のスペシャリストなのである。しかも禁忌とされる邪悪な魔法の。
「ふ〜ん、で? それを知ったからあなたは何かできるのかしら? 私が『おすわり』と命令すればおすわりをし、『裸で街中を歩け』と言えば逆らうことなく歩き回るほど、自我がボロボロになったあなたが?」
ハリエットはそう言うと初めて悪魔のような微笑を浮かべた。
凄惨な、それでいてこの世とは思えない美しい微笑み。
「これがディバイン帝国の貴族のはしくれねえ。ふ〜ん」
ハリエットはつつっと、ベアトリーチェの腹部に爪を這わせた。
「堕ちたものだわ。我々の集落を焼き払い、民族浄化と称して大量虐殺した野蛮人の末裔。いい気味よ」
そしてぎゅっとベアトリーチェの豊満な乳房を握りつぶすと、狂ったようにその乳首にしゃぶりついた。
「ぁああっ!」
「それなのに、なんて嫌らしい肉体をしているのかしら? シュレイダー様を誘い惑わすこの体、狂おしいほど憎い!」
「や、やめて、ハティ」
「気安く私の名前を呼ぶな!」
シュパアアアン!
しなる鞭が容赦なくベアトリーチェの肉体を痛めつける!
「きゃあああああ!」
「にゃはははははははははっ! いいわっ! いいわっ! 最高よ、ベア。なんて甘美な悲鳴なのかしら? 私の脳髄を溶かす背徳の旋律。素敵よ、ベア」
ハリエットは何かに憑つかれたかのように、ベアトリーチェの秘部を舐め上げては吸い出す。
ベアトリーチェは抵抗らしい抵抗も出来ず、声にならない悲鳴を上げた。
「可愛いわ、私のベア。一生飼い殺してあげる。私色に染め上げてあげるわ。最高の作品にしてあげる……」
ハリエットはそう言うと、うっとりとベアトリーチェを眺めて優しく額を撫でてあげた。
「あなたは私のものよ。女王に愛されることを、光栄に思いなさい」
それは死の宣告に等しかった。
しかし今のベアトリーチェはそれに抗う術を知らない。
主人であるハリエットの命令は絶対なのだ。
彼女が『死ね』と言えば、死ぬしかないのだ。
だから答えは一つしかない。
「……はい」
かつて4竜将と呼ばれた女の哀れな末路がこれであった……
ああ、マリアベル、私は……
「おひっ」
むすっとした表情で食卓でパンを頬張るボイド。
体中のあざと鼻頭のバンソコが痛々しい。
対するマリアベルとブリトニーはしゅんとして小さく縮こまっている。
『その……ごめんなさい』
二人揃って申し訳ございませんと頭を下げてみる。
これで彼の怒りは収まるのだろうか?
果たして「はあっ」とボイドはため息をついた。
「まあ、下着でじゃれ合っているところに踏み込んだのは申し訳ないが、いきなりゴミ箱投げつけた挙句、ストッピングの嵐ととどめのハンマーとかありえねえし! 俺がお前たちに何をしたっていうんだ!」
『はい』
良かった、二人の秘密の情事はバレていないようだ。
と、先ほどの二人のヒメゴトを思い出し、二人とも思わず顔を紅潮させる。
やだ、あそこがじゅんじゅんしてきちゃった……
「まあ、いいじゃないか下僕一号。ベルちゃんは無事だったんだし、目的のフレデリックとかいうスカした野郎も見つかったんだ。あとは帝国にそいつを送りこんで、ベアトリーチェちゃんとかいう超絶美少女とムフフタイムで万事OKよ☆」
「何がムフフタイムで万事OK☆だ!」
いきなりブリトニーのハンマーがラーズの脳天を直撃した。
「あたっ、なんばすっとねえ!」
ラーズは思わず故郷の方言を口走ってしまう。
「ったく、あんたがそんなだから、あたしはずっと気を揉まなくちゃいけなくなるんだよ!? すぐに女性のケツを見て追っかけるとか、子供か!」
「ふ〜ん、じゃ、ブリトニーは大人ってか?」
「そ、そうよ。何せ」
「何せ?」
そう言われて思わずぼんっと紅潮してしまうブリトニー。
何せマリアベルと一緒に大人の階段を駆け上がったんだから……
あ、あんないやらしくてネトネトして、甘美でかぐわしい背徳のキッス……
いや、まだ階段途中だけど。
「どうした、ブリトニー。ただの口からの出まかせか?」
「くっ、と、とにかくあたしの方が大人なの! だからあんたはあたしの言うとおりにしていればよろしい!」
ブリトニーはずびしっとラーズを指さすと、ふんっとふてくされて顔をそむけた。
全く解せないと首をひねるラーズ。
と、マリアベルは重大なことに気付いた。
「あ、で、フレデリック様は!?」
「ああ、それならレオニードが迎えに行っているはずだ。そろそろここに到着するぞ」
ボイドが言うや否や、食堂のドアが開いた。
「こちらです、ミスフレデリカ」
「ええ」
果たしてレオニードに案内されて現れたのは、
「はぁ?」
ラーズはぽとりと咥えかけのパンをとりこぼしてしまった。
そこには蒼い髪の絶世の美女が立っていた。
眼鏡が彼女の理知的な雰囲気をさらに強調していたが、どこをどう見てもフレデリックには見えない。
「え、え〜と、どちらさまで?」
ブリトニーが思いっきり困惑した表情でレオニードに尋ねる。
「ああ、この方はフレデリカ様だ。ベアトリーチェ様の旧いご友人だそうで」
「あれ、フレデリック様を連れてくるんじゃなかったの?」
「え? そんなこと言いましたっけ?」
レオニードはとぼけるとフレデリカに振り返る。
「まあ、こんな感じの反応です。いかがです?」
「ああ、
「げっ、まさかお前フレデリックなのかよ!?」
ラーズはあんぐり。
「アブねえアブねえ。あと、一分見抜けなかったら、お前を押し倒してよろしくやってるところだった!」
「その考え自体がアブねえんだよ!」
ゴチン☆
ブリトニーのハンマーがラーズの脳天を直撃した。
「っとに……ところでフレデリック様。なんでまた女装なんか?」
「ああ、私は立場上、身分を明かせないんだ。今のところはね。だから、君たちに同伴する間はフレデリカと呼んで欲しい。いや、呼んでね☆」
いきなりしなを作ってにっこり微笑むフレデリック。
やっぱり女性にしか見えない。しかもとびっきり美人の。
「これ、幻覚魔法なの?」
マリアベルがレオニードに尋ねると、
「いえ、音声変換以外はいわゆる女装です。音声変換もピンポイントでしか使えません。一日中変換できるほど魔力消費が少ないわけではないですから」
レオニードはそういうとパチンと指をはじく。
「というわけです、よろしく」
フレデリックの声が女声から男声に切り替わった。ようやくこの美女が男性であると何とか意識できた。
「じゃあ、フレデリック様……じゃなくてフレデリカ様はベアトリーチェ様をお助けしてくれるのですね?」
ぱあっと顔を輝かせるマリアベルに対し、さっと手のひらを広げて「待て」と合図するフレデリック。
「いや、条件付きの同伴です。端的に言いますが、帝国に手を貸すことは出来ません」
「えっ……」
マリアベルはいきなり奈落の底に突き落とされたような衝撃を受ける。
「な、何故ですか!? じゃあ、なんで女装をしてまでここに現れたのです!?」
「手ぶらで君たちを帰すわけにもいかないでしょう? だから、マルクトに来た記念にお土産を持たせようかなと」
「お土産なんて要りません! 私とお姉さまが欲しいのはフレデリック様だけです!」
「はあ……だから、そんなに大きな声でフレデリックフレデリックと言ってほしくないんですけどねえ。せっかく女装した意味がないよ」
「あ、すみません……」
そういうとマリアベルは紅潮して口をつぐんだ。
そんなマリアベルを見かねたのか、フレデリックは言葉を継ぐ。
「ただのお土産ではありませんよ。伝説と呼ばれたドラグーン『スカーレットフェアリー』と言ったらどうします?」
「すかーれっとふぇありー?」
マリアベルはこくんと頬に指を当てて首をかしげる。軍事史に疎いマリアベルには全くピンとこなかった。
「スカーレットフェアリーだって……!? 第二世代の傑作機じゃないか。あれは確か、大戦末期に大破していずこかに墜落したと聞いたけど」
ボイドが興奮した様子で話す。どうやら凄いドラグーンらしい。
「いや、それは単なるデマです。スカーレットフェアリーを悪用されないよう、パイロットであるモニカ様が情報操作しただけなんですよ。確かに破損は著しいけど、まだ運用ができる状態なんですよ」
「モニカ様……七英雄のお一人ですね?」
それならマリアベルも知っていた。
赤い髪の絶世の美女であるモニカは、ルクレッツィアと並んで帝国のヒロインであった。
一時はブッフバルトとの恋仲も噂されたが、あまりにも多くの血を流し過ぎて嫌気がさし、反戦を唱えて仲間と激しく対立したらしい。
だが、スカーレットフェアリーを持ち逃げして、戦線を離脱したモニカをブッフバルトは許さなかった。
追撃部隊を編成して敵前逃亡の罪で撃墜してしまった……
こうしてモニカは戦場に若くして命を散らすことになる。
「ということは、モニカ様は生きていらっしゃるんですね!?」
「いや、それは分からない」
「えっ……」
期待に胸を躍らせるマリアベルにフレデリックはゆっくり首を振る。
「ただ、私たちの組織の創立メンバーの一人がモニカ様であることは間違いない。実際にお会いしたことはないが」
「そう、なんですか……」
「しかし反戦派のモニカ様のドラグーン、本当によろしいのでしょうか?」
レオニードが疑問を挟む。
「わざわざ情報操作してまで隠していた機体でしょ? モニカ様は戦争に使って欲しくないんではないですか?」
「そうですね……だが、ご本人は今やいない。そして彼女の愛した帝国が危機に瀕しているのは事実。きっと、許してくださる筈だ。いや、パートナーであったドラグーンが判断してくれるでしょう」
「ドラグーンが判断する?」
レオニードは驚いた顔をした。
「まさかドラゴンなのですか? 自立意志のある?」
「と言われていますが、私も実際に動いているところを見たことはないんですよ。ドラゴンは神々の戦争時代で全て活動を停止しているし、スカーレットフェアリーも生きているようにはとても見えない」
そう言うとフレデリックはマリアベルを見つめ直した。
「しかも私にすら動かせなかった。特殊なプロテクションの解除と膨大な魔力供給によるスターターが必要だと思うんですよね。おそらく乗り手はモニカ様やブッフバルト様を除くと、この世にはもういないかもしれません……後はブッフバルト様の娘であるゼノビア様ぐらいかな」
そう言うフレデリックは複雑な表情をする。
「正直、お持ち帰りができるかも怪しい。そんないわくつきのお土産です。いかがですか?」
「そう言われましても……」
マリアベルは困惑した。
ここにゼノビア様やベアトリーチェ様がいたら、あるいは魔力供給という点では課題をクリアできるかもしれない。問題のプロテクションがどういうものかは不明だが、このメンバーで先に挙げた二人を超える魔力をもつ者はいなかった。
「ふう、まあ、こう言われてしまうとためらいますよね。でも、モニカ様の伝言があるのです」
「伝言?」
「伝承といった方がいいかもしれない。『かの地に悪しき災い降りかかりしとき、赤き妖精は再び舞い降りん。赤い髪の聖女が神に代わって正義を執行するであろう』と。君は幸いにも赤い髪だ」
「おいおい、髪が赤いと誰でもOKなのかよ」
フレデリックの言葉にラーズが噴き出した。
「面白いドラグーンじゃねえか、気に入ったぜ。なあ、ベルちゃん。駄目もとで行ってみようじゃないか?」
ラーズの提案にしかしまだマリアベルは逡巡した。
「まあ、スカーレットフェアリーが駄目だったら俺がこいつ(フレデリック)の代わりをしてやるよ。ドラグーンは使えねえけど、白兵戦なら敵なしだぜ。あ、ペガススも使えるぞ」
そう言うとラーズはどんと自分の胸を叩いてマリアベルを勇気づけた。
「うん、ありがとう。そうだよね、まずは行ってみよう」
マリアベルは顔を上げると、ラーズとフレデリックに頷き返した。
TO BE CONTINUED……