phase:7
「恋する吸血鬼(ヴァンパイア)



 グリフィン「ライオネル」は西を目指して巡航していた。
 あれからマリアベルたちは、件のスカーレットフェアリーが眠る湖を目指していたのだ。
 その湖はベルマーレ湖と呼ばれていた。四方を大陸と河川に囲まれ、二つの小国を飲み込むぐらいの面積を誇る。西は神聖ディバイン帝国の衛星国家ローサブルグ、東はマルクト選王国、北にカラヤット聖教団国、南にアレサ共和国と、4つの国家が国境を突き合わせる要衝の地だ。
 そんなこの湖には一際目を引くものがある。
 ペテロボロスキャ城。通称吸血鬼城。
 そこは通年を通じて氷に閉ざされており、湖面は薄い氷に覆われていた。船での接岸は難しく、薄い氷の上を歩けば、たちまち凍るような湖に水没して凍死してしまう。よって、グリフィンなどによる空中からの侵入が必須となった。
 しかしここは各国の衝突を避けるため、永世中立国家を宣言しており、当主であるエカテリーナ・ミハイル・セスラヴィンスキー以下数十名の使用人のみという、ドレスデン大陸最小国家である。
 当然、領土、領海、領空を所有しており、国家元首であるエカテリーナの許可なくこれを侵すことはできない。
 なお、15年前、ディバイン帝国による東征が一端終息した後、エカテリーナを中心に5カ国による永久不可侵条約が結ばれた。
 これに伴って何か特別な事由がない限り、この城に近付くものは滅多にいなくなったのである。
「エカテリーナですか……存在が確認されている最後の吸血鬼らしいですね。私も初めて見ますが」
 レオニードは緊張した面持ちでフレデリック……女装しているのでここではフレデリカで統一しよう……を見やる。
「その……やっぱり血を吸われちゃうんでしょうか?」
 マリアベルも不安そうな表情でフレデリカを見上げる。
 するとフレデリカはあははと軽やかに笑い、
「まあ、取って喰いはしないですよ。安心してください。十字架が苦手とか、銀の武器が致命傷になるとか、ニンニクが苦手とか、流れる小川が渡れないとか、大抵の俗説はデタラメですから」
 手を振り振りして問題ないと頷く。
「え? そうなんですか?」
 マリアベルは目を丸くすると、レオニードと見つめ合って信じられないと首を振る。
「まあ、いくつか弱点があるのは確かですし、血を吸うのも確かですが、血を吸わなければ即死ぬわけでもない。化け物ではなくてより人間に近しいもの達です。エルフやドワーフといった人種と言っていい」
「なんだか随分詳しいじゃないか? もしかしてコレか?」
 そういうとラーズは小指を立てて、フレデリカにニヤリとしてみせる。
 一瞬フレデリカは嫌悪感を顔に出したが、すぐに表情を引っ込めると、
「はは、まさか。ただのスポンサーですよ」
「スポンサー? おたくの組織の資金援助をしているのか?」
 ボイドが操縦席で首を捻る。
「まあね。趣味みたいなもんですよ。暇なんです、彼女」
 フレデリカはそう言って肩をすくめる。
「おや、そろそろ見えてきましたね」
 フレデリカに促されてマリアベルは外に目をやると、凍てついた尖塔が目に飛び込んできた。
 マルクト選王国を目指している時にも見た景色だ。しかし今は何故か悲しい色に見える。
 結局、私は何もできなかった。
 フレデリック様を説得することも出来ず、ピンチの時は皆に守られてばかりで、ただのお荷物ではないか。
 噂のスカーレットフェアリーも果たして動かせるのだろうか?
 というか、何故私なのだ?
 ベアトリーチェの厚意で推薦入学を果たしたグレムスリング魔導アカデミーでは、落ちこぼれもいいところで危うく留年しかける劣等生だった。魔力はともかくそれを制御する技術が非常に未熟なのである。
(これは何かの冗談なのかな……それともただの嫌がらせ? フレデリック様ですら動かせないドラグーンを、どうやって私が動かせるの?)
 マリアベルは暗澹たる気持ちになると、膝を抱いて丸くなった。
 その様子に気付いたラーズが心配そうに声をかける。
「ん〜、どうしたベルちゃん? そんな思いつめた顔をして」
「……ううん、なんでもない」
「なんでもね〜わけねえだろ……そうだ、当ててやろうか? ドラグーンが動かせるのかどうかについて悩んでいる」
「あはは……分かっちゃった?」
「分かるぜ。俺もあの場ではああは言ったが、正直無茶ぶりもいいところだと思ったよ」
 そう言うとラーズはフレデリカをすっと見据えた。
「おい、ファッキンニューハーフ眼鏡。てめえ、何を考えていやがる? 第2世代のドラグーンは高度な魔法が扱えなければ、起動すら難しい。伝説の超絶美少女モニカちゃんとやらに容姿は似ているとはいえ、ベルちゃんがスカーレットフェアリーを動かせるとはとても思えねえ」
 そういうとずいっとフレデリカに顔を近づける。
「何か隠しているだろ?」
 ラーズはズバリと核心をついた。
「ちょっと待ってくださいラーズ! 失礼にもほどがある!」
 レオニードがおいおいと止めに入るが、それをきっと睨んで制止するラーズ。。
「じゃかしぃ! チェリーボーイはママのおっぱいでも吸って寝てろ!」
「なっ……今の言葉、撤回していただきます!」
「黙れ、童貞が! ちん●の皮がむけてから意見しやがれ!」
「き、貴様……!」
「まあまあ、二人ともそのくらいそのくらい」
 フレデリカはやれやれと首を振る。
「すっかりマリアベルとブリトニーが怯えてしまっていますよ」
 フレデリカの指摘にいがみ合う二人ははっとなって矛先を収める。
 見ればマリアベルとブリトニーが不安そうな顔でこちらを見つめているではないか。
 バツが悪そうに顔をそむける二人。
「っていうか、てめぇがそもそもの原因じゃねえか……」
 ラーズはフレデリカにのっそりと向き直る。
「教えろ、どうしてベルちゃんなんだ」
「それは……何度も言いますが、容姿が似ているからです」
「……はあ?」
 この答えには一同呆然。
「だからなんで容姿が似てると動かせるんだよ。お前、実は馬鹿だろ?」
 ラーズが若年性健忘症に罹ったのかと哀れむような瞳でフレデリカを見やる。
「じゃあ、もっと端的に言いますとね、マリアベルがモニカ様の娘じゃないかと推測しているんです」
「えっ……?」
 マリアベル絶句。
「というか、モニカ様に娘なんて聞いたことないですよ、そんな! 帝国史のどこにも出てこない!」
 レオニードが慌てて反論するが、
「そりゃ、処女のまま戦死したことになっていますからね。でも、史実は誤りだった。少なくとも私の所属する組織を作り上げるまでは生きていたんです。今は消息不明ですが」
 フレデリカは人指し指を立てるとウィンクしながら説明する。中々女装も様になってきた。
「……そんな」
 マリアベルは思わぬ母の出現に頭が混乱していた。
 そして自分の胸の中に新たな光を見出したような気がした。
 お姉さま、私にもかけがえのないお母様がいたんです。
 それも、信じられないぐらいに偉大なお方が……
「どうやってスカーレットフェアリーを運用していたかは今をもって謎です。搭乗者であったブッフバルト様とモニカ様はいませんし、操作マニュアルがあるわけでもありません。だからこれは賭けなのです。駄目だったら仕方ない、それまでです」
「やっぱり、フレデリック様はそれでも帝国にはお戻りにならないんですよね……」
 マリアベルは子犬のような瞳でフレデリックにすがる。
 保護欲をそそられる可憐な瞳だが、フレデリックは駄目だと首を左右に振った。
「許してください、これが私に出来る精一杯の助力です。今の組織を離れるわけにはいかない」
「分かりました。スカーレットフェアリーに搭乗させていただく機会を与えて下さっただけでも光栄です。頑張ります」
 マリアベルは精一杯微笑むと、
「私がもしモニカ様の娘なら、お母様の名に恥じぬよう、絶対何とか動かしてみせますから!」
 虚勢を張るしかなかった。不安で胸が張り裂けそうだったから……



「これが……」
 ペテロボロスキャ城。通称吸血鬼城。
 間近で見るととてつもなく壮麗なゴシック式の建造物であることが実感できる。いったい誰がこんな精巧な城を作り上げたのだろうか。
 マリアベルは寒々とした周りの空気に身震いしつつ、さくさくと薄い霜の張った地面を歩き始める。
 この先に吸血鬼の主が待ち構え、自分の母であるかもしれない人物と繋がる思い出のドラグーンが眠っている。
 そう思うと寒さが吹き飛んでいくように思えた。
「たは〜っ、まだ夏なんだよ? これ、おかしいじゃん」
 ブリトニーが吐く息の白さに呆れて肩をすくめる。
「本当に不思議な城だな。ここだけ真冬のようだ。寒さに弱いドワーフには堪えるぜ」
 ボイドも不思議な空間に眉をしかめると、マリアベルの後に続いて歩き始めた。
 果たして巨大な桟橋と城門が待ち構え、硬く閉ざされた鉄の門扉が来る者を完全に拒んでいる。
 辺りには重たい濃霧が垂れ込み、どこかで鳴くカラスの声が不気味な迫力を醸し出していた。
 まさに吸血鬼城。
(なんだか……怖い……)
 マリアベルの期待がしぼみ、むしろ恐怖心が膨れ上がっていく。
 と、
「たのも〜〜〜〜〜!」
 この場違いな大声。
 当然声の主はラーズである。
 雰囲気ぶち壊し。
「ちょ、まっ! ラーズ、あなたは馬鹿ですか!?」
 レオニードが慌てて取り繕うが、
「はてはて、このような威勢のいい御仁は久しぶり。見れば賑やかな所帯ですな。如何な御用で」
 声は上から降ってきた。
 慌てて上空をキョロキョロ見回すマリアベルとブリトニーだが、件の声の主は一向に見付からない。
「ど、どこにいるんですか?」
 マリアベルの問いかけに、
「ひょ〜ほっほっほ。探してみなさい、麗しいお嬢様方」
 声の方向が複数に分かれ、不気味さを醸し出す。
 いよいよな展開にマリアベルは半泣きになりそうになった。
 と、
「こらこら、ドミトリー。いい歳して少女を泣かせるのが趣味なのですか? 人が悪い」
 フレデリカはやれやれと溜息をつく。
 すると、
「おやっ、これは驚いた。どこの傾国の美女かと思いきやフレデリック様でしたか……見事な化けっぷりで」
 そう言うやいなや、周囲の濃霧が一気に収束し、一人の初老の執事が忽然と現れる。
「不肖、ドミトリー・イワノヴィッチ・ブルガコフ。フレデリック様であるとは露ほども思わず、失礼をしました」
 血の気のない肌に鋭い犬歯。
 マリアベルがひっと声を上げて一歩退いた。
「きゅ、吸血鬼!」
「いかにも。しかし、人を化け物のように見るのはよくない。私達もあなた達と同じ神の偶像、ヒューマノイドなのですぞ」
 ドミトリーと呼ばれた初老の執事は、そう言って片目をウィンクしてみせる。意外にお茶目な印象を受けて、マリアベルの不安は宙ぶらりんになった。
「す、すみません。怖い話ばかりで誤解していました……」
「ひゃっひゃっひゃっ、ここには伝説のアンデッド(亡者)たちもいない。ごく普通に吸血鬼たちが暮らしているだけです。最後の我々の楽園と言ってもいい」
 そう言うとドミトリーはなぜか悲しい顔をした。
「こんな狭い世界しか我々には残されていないのです」
「迫害されてきたのですね」
 マリアベルは同情の色を浮かべる。
「人というのは難儀で、同族以外を受け入れない。いや、自分と共通点のないものは受け入れないといってもいい。そうやって徹底的に排除しようとするのです。その結果が我々であり、そこにいるドワーフの御仁やエルフのお嬢さんのような状況を作った」
 ドミトリーの言葉に言葉をなくすボイドとブリトニー。
 彼らもヒューマノイドのマイノリティ(少数派)だ。
 人間界に積極的に進出し、社会性に多くの共通点を持つドワーフは比較的市民権を得ているが、エルフは社会性、文化性の違いから蛮族だと勘違いしている人間が未だに結構いる。だから地方によってはその扱いは酷いものであった。ゆえにエルフも人間に対して敵愾心が旺盛で、両者は決して埋まることのない深い溝で隔てられている。
 そして、わずかに人間界にいるものは「はぐれ」と呼ばれ、酷い差別と偏見の目にさらされて生きているのが現状だ。
 そのはぐれと人間の間に生まれたハーフエルフやクォーターエルフも例外ではない。
 まともな職業にも就けず、社会の底辺や裏家業でやっていくしかないのが今大きな問題になっている。
 ハーフエルフやクォーターエルフたちのシンジケートは、しばしばテロ活動の温床になっていたからだ。
 ハリエットのように社会的に重要な地位に就いているエルフは非常に珍しいと言っていい。
「吸血鬼も謂れのない罪を着せられ、吸血鬼狩りと称する大虐殺でその数を大きく減らすことになりました。まだ、世界各地に同胞は僅かに生き永らえているが、もはや同族の交配のみで種を維持できないほどまでに追い詰められているのです。何せ一番お若いエカテリーナ様で既に45歳だ。私の知る限り、この30年間で純血種の子供が生まれた試しがない」
「よんじゅーご!? げげっ、おばちゃんじゃね〜〜〜か」
 ラーズは口をひん曲げる。
 と、ドミトリーはピシリと言い放った。
「失敬な。我が種族の平均寿命は200歳。まだエカテリーナ様はお若い。しかもコールドスリープを繰り返しているから、実際は人間で例えるならまだ16、7であられる」
「16、7? ゲキマブな年齢じゃん! で、可愛いの?」
「もちろん。その美しさは花も恥らう可憐さで……」
「ほほ〜う、それは実に興味深い。ご老人、そのお嬢様に是非お目通りを」
「……いきなり言葉遣いが変わりましたな」
 悪びれないラーズに辟易するドミトリー。
「そりゃあ、未来の花嫁に仕える執事の手前、失礼はないように……」
「失礼しまくってんだろうが!」
 ゴチン!
 久しぶりにブリトニーのハンマーが一閃。
 地に沈むラーズ。
 これが本当にフレデリックとの壮絶な戦いを繰り広げた男の姿であろうか……
「と、まあ、賑やかな面子でのご対面です。あ、女装していることはくれぐれもエカテリーナ様には内緒で。彼女の驚く顔が見たいのでね」
 フレデリカが愛らしくウィンクすると、
「ふふ、かしこまりました」
 ドミトリーも茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせる。
 どうやら仲がいいようだ。



 場内に足を踏み入れるとマリアベルとブリトニーは一様に溜息を漏らした。
 まさに豪華絢爛。
 高い吹き抜け天井に、壮麗なステンドグラス。真紅のカーペットに金の装飾の施された調度類。
 世界中の金銀財宝をここに集められたのではないかという、目を疑うような光景だった。
 ディバインの宮殿でもここまで煌びやかであっただろうか?
「これが我が種族の誇り高き文化遺産です。いかがですか?」
 ドミトリーの言葉に、
「素敵です。本当に物語に出てくるお姫様の住むお城みたい」
 瞳を輝かせるマリアベル。
 もう吸血鬼に対する恐怖心は消し飛んでいた。
 と、
「おお、待ちわびておったぞ。我が愛しい殿方よ」
 螺旋階段をかつんかつんと降りてくる一人の少女が現れる。
 銀のシルクで作られたようなしなやかなロングヘア。その一部を後頭部の大きなリボンで髪留めしている。
 何もかも見透かすような、それでいてどこか深い世界に誘うようなアメジストの瞳、雪のような美しい肌、血の塗られたような真紅の唇。
 凍えるような人間離れした美貌であった。
 美しく着飾った非常に凝ったゴシックファッション、しかしその服装の上からでも分かる見事な造型(プロポーション)。
 お、大きい……
 マリアベルは思わず自分の貧相な胸と見比べて嘆息してしまった。
 お姉さまもこの人も……どうやったら、あんなに大きくなるの?
 何を食べたらいいの?
 どんな運動をしたらいいの?
 胸の小さな女の子が抱える永遠のコンプレックスである。
「すげぇ、美人」
 ブリトニーが歯に衣着せぬ感想を漏らした。
「すげぇ、胸が」
 ラーズも歯に衣着せぬ感想を漏らした。
 そしてブリトニーの蹴りを食らった。
 と、
「むっ?」
 いきなりマリアベルとエカテリーナの視線が絡み合ってしまった。
 慌てて視線をそらそうとしたがうまくいかない。
 むしろ、心が吸い寄せられるような錯覚に陥った。
 えっ? 何? 私この人に……惹かれてる?
 マリアベルは不思議な感覚に焦燥感を覚えた。
 もしかして私、やっぱり女の子が好きなのかな……?
 つまり自分がレズビアンではないかという焦燥感である。杞憂であると思いたい……
 すると、
「なんと、モニカ殿ではないか! 25年ぶりであるな!」
 エカテリーナの氷のような美貌にぱっと朱が差し、一気に年頃の女の子の表情に変わる。
 満面の笑み。
「え?」
 戸惑うマリアベルにエカテリーナはスカートを両手につまんで、ツカツカと歩み寄る。
 そして間近に近寄り、むっと疑念の表情で顔と胸を見やる。
 しかも何度となく。
 何で顔と胸なのだ?
「あ、あの……」
「う〜む、どうしたのだモニカ殿。随分見ない間にやせ細られて。胸がこんなに萎んでしまうとは、苦労したのだなあ……」
 がび〜ん。
 新事実が判明した。
 モニカは胸が大きかったらしい。
 マリアベルは谷底に突き落とされたようにがっくりと膝を付いた。
 お母様の意地悪。
 私にもうちょこっとでいいからおっぱいを分けて欲しかった……
「ん? どうしたのだ、モニカ殿。悩みなら後でゆるりと話そうではないか」
「失礼ながら姫様。そのお嬢様はモニカ様ではありません」
 ドミトリーがコホンと咳払い。
 はっとしてエカテリーナがショックに仰け反る。
「なんと、モニカ殿を騙る偽者か!? 爺! 何故このような者を城に入れた!」
「いやいや、賊ではございませぬ。れっきとしたフレデリック様のご友人にござります」
「な、なんと! それを早く申せ! し、失礼した、客人。モニカ殿にあまりにもそっくりなのでな……ついはしゃいでしまった」
 そういうとエカテリーナはそっとマリアベルに手を差し伸べて引き起こした。
「あ、ありがとう……ございます」
「ふむ。しかし見れば見るほどモニカ殿に似ておる。胸以外」
 がくっ
 またマリアベルは片膝を付いてしまった。
 慌てて引き起こすエカテリーナ。
「す、すみません……」
「いや、赦せ。妾も配慮に欠けた」
 そう言うとエカテリーナはすまなそうにマリアベルに頭を下げる。
 そう言えば誰かにこの子も似ていると思ったら、ゼノビア様にそっくりなのだ。雰囲気が。
 浮世離れしていること、独特な言い回し、そして偉ぶらないところ……彼女は小国でも立派な当主なのだ。だけどとても親しみ易い。
 マリアベルは早くもこの吸血鬼のことが好きになりかけていた。
「ところで肝心のフレデリック殿が見えぬが、到着はまだなのか?」
「それが大変申し訳ないことに、今回は都合がつかなかったためこちらには来れないのですよ。私はその代理としてきました、フレデリカと申します」
 ぬけぬけと別人を装ってフレデリック。音声も女声に変わっており、一見したところただの美女にしか見えない。
「もし本人にお伝えしたいことがあれば、私が受け賜りますが……」
「そうか……嘘が下手だな、愛しい人よ」
 エカテリーナ、ポツリ。
 フレデリカ、ギクリ。
「ふふん、この程度で妾の目を誤魔化せるとでもおもうたか? 我が愛は本物。見間違えるはずがなかろう!」
 ばば〜んと手に持った閉じた扇子をフレデリカの鼻先に突き付けるエカテリーナ。
 自信たっぷりに豊満な胸を張ると、ふんと鼻を鳴らす。
 と、
「あの〜、さっき私を見間違えませんでしたか?」
「あれは恋人ではなかったからだ!」
 マリアベルの苦言にずばりとエカテリーナ。
 す、ストレートだ。
「どうだ、フレデリック殿。ぐうの音も出まい。今日こそ我が愛を受け入れるに相応しい日だと思うのだが、いかがお考えか!?」
 いきなりの告白タイム。
 いやいやどういう展開だよ、完全に外野が置いてけぼりだ。
 あっけを取られる一同であったが、
「ちょっと待ってくれ、お姫様。そんな女装に目覚めたファッキンニューハーフ眼鏡と結婚しても、セックスレスな寂しい余生を過ごすだけですぜ。どうです? この超絶倫のビッグマグナムのラーズ様々が、あなたの乾き切った身も心も潤して差し上げ……うげっ」
 超絶妙なコンビネーションでマリアベルとブリトニーのジャンピングキックを受けるラーズ。股間に突き刺さる鋭いダブルキックが痛い……
「……サイテー」
「一生セックスレスな生活してろ」
 マリアベルとブリトニーの氷のような捨て台詞に身動き一つ出来ずに、ぴくぴくと痙攣するラーズ。
 レオニードが言わんこっちゃないと溜息をつく。
「ふむ、面白い人間がいるものだな。よく見るとなかなか美形ではあるが、少々血の味に癖がありそうだな」
 エカテリーナはまるで珍獣を見るように、好奇心旺盛にラーズを観察する。
「ほれ、フレデリック殿。うかうかしてると妾は寂しくてこのようなイケメンに浮気をしてしまうぞ? 彼女を奪われるかもしれないという嫉妬心がメラメラとはこないか? ほれほれ」
 なんだかどんどんエカテリーナの印象が変わっていく。
 とってもユニークで愛らしい女の子。
 マリアベルはお友達になれそうだと密かにほくそえんだ。
「はあ、だからエカテリーナ様。あなたは大切な御身。人間である私と交わってしまっては、吸血鬼の血統が絶たれてしまうかもしれないんですよ? ここにいるドミトリーをはじめ、数少ない吸血鬼の最後の希望の星なのに、そんなに独りよがりな恋愛をしてもいいんですか?」
 フレデリカの発言にうんうんと頷くドミトリー。
「そうですぞ、姫様。間もなくあなたに相応しい王子を連れて参ります。ですからお体を労わり、静かにお休みくださいませ」
 しかしエカテリーナは柳眉を逆立てると、声を荒げて反論した。
「痴れ物! どうせ私の許婚は髭面の中年ばかりであろうが! ああ、考えるだけでおぞましい。何故好き好んで自分の親のような男に抱かれなければならないのだ! 妾だって若くてかっこいい男性と恋がしたいし、結婚がしたい!」
 う、うわっ、めっちゃストレートなんですけど。
 呆然とするマリアベルとブリトニー。
「もう冷たい棺桶で寝てばかりの生活は嫌じゃ! 妾はフレデリック殿と結婚するのだ! いいではないか! もしかしたら、人間との間にも純血に近い吸血鬼が生まれるかも知れぬのだし……」
 そう言うとエカテリーナはフレデリカの腕に抱きついてイヤイヤをする。駄々っ子もいいところだ。
「いや、それはないですぞ。歴史が証明しているのです。有史が始まって以来、純血種はその数を減らす一方だった」
「もういいではないか! 吸血鬼に何故こだわる? 神は我々を必要としてお創りになったかもしれないが、不憫な身体的特徴で陽光の下では活動を制限されるし、吸血によって生気を得なければ寿命も大幅に縮まる。むしろ愛しい我が子には日の下で普通に遊ばせてやりたい……」
 そう言うとエカテリーナはじわりと瞳を潤ませる。
「何故じゃ、何故吸血鬼なぞに妾は生まれたのじゃ……」
 パシーン!
 乾いた音が場内に響き渡った。
 惚けるエカテリーナ。
 呆気に取られるその他一同。
 エカテリーナの左の頬にはうっすらと紅い痕が残る。
「失礼をお赦しください、姫様」
 ドミトリーは苦しげに右手を押さえて畏まった。
「あなた様はおっしゃられました。神は必要として吸血鬼をお創りになったと。あなたは成るべくして吸血鬼になられたのです。しかも吸血鬼の未来を担う重大な立場として。我々が今後どのように歴史に関わっていくのかは分かりません。やはり滅び行くのかもしれない。しかし、最後まで吸血鬼である誇りを忘れてはなりませぬ。決して」
 ドミトリーの言葉の重みにエカテリーナは顔を上げることが出来なかった。
「それでも尚、フレデリック殿と結ばれたいと申すなら、私はあなたを追放しなければなりません。もうあなたは吸血鬼ではない。身体は吸血鬼かも知れないが、吸血鬼を名乗ることは赦されないのです。よろしいですか?」
「……すまなかった、爺。我が儘ばかりで……」
 エカテリーナはしょぼくれると、そっとフレデリカの腕から離れた。
 と、ぎゅっとフレデリカがエカテリーナを抱きしめる。
「あっ……」
 吐息のような感嘆を漏らすエカテリーナ。
「フレデリック殿……!」
 ドミトリーが苦々しく不満を漏らす。
 せっかく決意したのに、その判断を鈍らすようなことをして……余計なことを!
「すみません、ドミトリー殿。私も建前と本音を割り切れるほど、人間出来ていないようです。この女装は彼女に呆れられるためだったのですが、簡単に看破された挙句、このようにストレートな告白を受けては……正直、心が揺らいでしまいました」
 そういうとフレデリカはばさっとウィッグを取り外した。
 それでも男装麗人のように見えなくもない。元々女性的な顔立ちだからだろうか。
「それに私も自分の気持ちに気付いてしまった……愛しい女性に裏切られ、帝国を去り、傷心のあまり命を絶とうとさえ考えた私に、彼女は種族を越えて優しくしてくれた」
 ベアトリーチェの姦計に気付いたフレデリックのショックは筆舌しがたいものだった。
 愛する人に酷い仕打ちを受けた。
 尊敬する父をこの手にかけた。
 栄えある地位も名誉もすべて水泡に帰した。
 臣民からは有らぬ誹りを受けた。
 しかしベアトリーチェに対する憎悪の念は湧いてこなかった。
 あるのは圧倒的な絶望感と虚無感であった。
 フレデリックは死に場所を探して、ベルマーレ湖の畔にたどり着いた。
 そうだ、ここに身投げをしよう。
 しかし奇跡的に助かってしまった。
 たまたまドラグーンの水中機動テストをしていたエカテリーナに保護されたのだ。
「何故助けた」
 フレデリックは憎悪を込めた瞳でエカテリーナを睨みつけた。
「どんな命も貴い。助けられる命を助けないのは、人に在らざるなり……吸血鬼が言うと、様にならないか?」
 エカテリーナはふっと自虐的な笑みでそう答えた。
 そして二人の関係はここから始まった。
 今の組織を知ったのも彼女のおかげだ。
「彼女は私にとってかけがえのない存在だ。これは嘘偽りない気持ちだよ」
 もう告白といってもいい台詞である。
 えっ、えっ、もしかしてフレデリック様はベアトリーチェ様じゃなくて、エカテリーナ様を選んだの……?
 もしかして帝国に戻らないのは、つまるところそういうことなの……?
 突然な展開に全くついていけないマリアベルはフレデリックとエカテリーナを交互に見やった。
 もう完全に恋人だ。どこから見ても。
 お似合いのカップル。
 この恋を邪魔できるものは誰もいない……
「時間をくれませんか、ドミトリー殿。あなた方の大切な姫様です。私もその意向に沿いたいとは思う。しかし、姫であると同時に彼女は一人の女性だ。最後は彼女に選ばせてあげたい。いけませんか?」
「そ、そうじゃ、そうじゃぞ、ドミトリー。フレデリック殿の言う通りじゃ」
 フレデリックの力強い言葉に勢いつけられてエカテリーナが口走る。
 一時の悲壮感はかなぐり捨て、もうフレデリックについて行く気満々のように思えてならない。
 結局彼女はフレデリックを選ぶ。誰が見てもそう思えた。
 だからドミトリーの苦悩に満ちた顔が痛々しかった。
「卑怯ですぞ……フレデリック殿……」
 凄まじい板ばさみは何もエカテリーナだけではない、ドミトリーだって同じであった。
「あなたたち人間と我々は決定的に違う。我々は今まさに滅びようとしているのだ。自由な恋愛など出来るはずがない!」
 ドミトリーは吐き捨てた。
 心の叫びといえる。
 ドミトリーは肩で息をすると、居住まいを正した。
「数々のご無礼をお許しください、姫様。しかし私と同じように、吸血鬼の血統を絶やさぬよう、その未来に栄光があるよう、願っている同胞は多くいるのです。そのことをお忘れなきよう……ここで失礼します」
 ドミトリーはエカテリーナに最敬礼をすると、そそくさに場を後にした。
 怒りの投げ場がないような、やり切れない足取りだった。
「爺……」
 エカテリーナも罪悪感に複雑な表情であった。
 恋を選ぶか、血統を選ぶか……
 多勢を見るなら後者を選ぶべきだ。
 自分が何故姫として大事にされていたのか?
 それは血統を守るためだからだ。
 フレデリックとの恋はその意義を全否定する行為なのだ。
 今まで自分を慕ってきた吸血鬼たちを裏切る行為に等しい。
 本当にそれでいいのか?
 心が揺れていた。
「ええっとだな」
 ボイドが大変申し訳なさそうに切り出した。
「一大スペクタクルな歌劇の最中に水を差して申し訳ないが、スカーレットフェアリーを動かしに来たんだよな、俺達」
『あっ』
 エカテリーナを除く全員の間抜けな声が重なった。



 エカテリーナは一同を鏡の間に通す。
 この巨大な鏡をゲートに、スカーレットフェアリーが安置されている、湖底洞窟へワープしようというのだ。
「はあ、結局妾が目的で来たわけではないのか。ちょっと興醒めだな」
 エカテリーナが斜に構えた目線でフレデリックをジトリと睨む。
 フレデリックは視線を気にしないよう、殊更明るく切り出した。
「いやあ、さっきは盛り上がってしまいましたね。思わず啖呵を切ってしまって、ドミトリー殿には悪いことをしたな。ははは……」
 白々しい空虚な笑い。
 エカテリーナの双眸がすっと細まる。
「ふ〜ん、思わず? 妾を爺から奪いに来たのではないか?」
「ま、まあ、スカーレットフェアリーを口実に君に、その」
「なんだか取ってつけたような口実だのう……大切なのは妾か? それともスカーレットフェアリーか?」
「それはもちろん……」
「スカーレットフェアリーなんだろうなあ! 大戦末期の帝国の秘密兵器。戦力化できれば我が組織の目的の大いなる前進となる! ……とまあ、こんなところかのう?」
「うっ……そういうわけでは……」
 マリアベルはフレデリックとエカテリーナのやり取りに呆気を取られた。
 ここまで焦っているフレデリックは初めて見たような気がする。
 いや、いつぞやこんなことがあったな……
 そうだ、ベアトリーチェ様をデートに誘い出す時もこんな感じだった!
 実はクールガイに見えるフレデリック様だけど、思いのほか純情すぎて、好きな女性と会話するのが苦手なのかもしれない。
「お、おい」
 ボイドがちょんちょんと肘でラーズを小突く。
「……だな」
 ラーズがこれから起こる顛末を想像して顔をしかめる。
 何か嫌な空気だぞ。
 男性陣モジモジ。
 女性陣そわそわ。
「そういう訳? どんな訳か聞かせてもらおうではないか?」
 エカテリーナはシュっと扇子を開くと口元を覆い隠す。そのアメジストの双眸はフレデリックを射抜かんばかりの迫力だ。
「私は今の組織を立場上離れることが出来ない。しかし故郷の危機を黙ってみているわけにもいかない。だからモニカ様の娘であるかもしれないマリアベルに、スカーレットフェアリーを托そうと考えたんだ。もはや、これを動かせる人間は彼女ぐらいしか思いつかない」
 フレデリックはどうだと言わんばかりに説明しきってみせる。
 しかし女の口論に正論は通用しないのだ。
「ふ〜ん、してその女子(おなご)とはよろしくやっているのか?」
「は?」
 フレデリックはエカテリーナの扇子の指す先に視線を移す。
 その先にはマリアベルが申し訳なさそうに肩をすくめていた。
「見れば本当に可愛いのう? まるで妖精のようじゃ……実に美しい。モニカ様の生き写し……胸はちと心許ないが、鼻の下を伸ばしているのではあるまいか?」
「何を言い出すんだ、君は急に!」
「いや〜、妬けるのう。あの金髪のエルフの娘もなかなかどうして可愛いではないか。こんな可愛い女子に囲まれて、さぞ旅は楽しいのであろうな? 妾は旅のついでの引っ掛け。ドラグーン以下。いや、吸血鬼の小娘なんぞ、遊びだものな?」
「き、君とはそういう関係にはまだなっていないじゃないか!」
「そういう関係!? じゃあ、他の女とはそういう関係になったのだな!?」
「君には関係のないことだ!」
「誰じゃ、その女は!? どこまでやったのじゃ!?」
「言えるわけがないだろ! 君を傷付けたくない!」
 ああ、馬鹿。
 マリアベルは天を仰いだ。
 おそらくフレデリックはベアトリーチェのことを言っているのだが、馬鹿正直にもほどがある。
 頭に血が上って正常な判断が出来ていないのだ、おそらく。
「なんと、妾はその女以下の扱いなのか……妾は吸血どころかキスすらさせてもらえない、なんて哀れな女なの」
「いや、そういうわけでは……本当に君が好きなんだ」
「嘘をつくな! 所詮、妾の身体が目当てのくせに!」
「どうしてそういうことを言うんだ!」
「だってフレデリック殿が好きだから……うわああああああああん!」
 おいおいど〜した、この展開。
 完全に痴話喧嘩じゃないか。
 またもや一同完全に外野行き。
 わんわん泣くエカテリーナを必死になだめるフレデリック。
 いやいや、この城に来てからというもの、調子を狂わされっぱなしである。
 取り合えず一同は二人をそっとしてやることにした。
 が、しっかり扉に張り付いている一同。
 そこは抜かりない。
 ひとしきり泣きつかれたエカテリーナ。
 そのエカテリーナにフレデリックが話しかける。
「正直……君と会うのを避けていた」
「えっ……」
 耳ダンボのマリアベルとブリトニーはお互い顔を見合わせる。
 また失言か!?
「君に会えばもっと好きになってしまう……それはつまるところ、ドミトリー殿を始めとした吸血鬼たちに対する背信行為になる」
「…………」
「ドミトリー殿の言うとおりだ。私は私の勝手で君を好きになり、吸血鬼たちの歴史を終わらせてしまうかもしれない。そんなことが赦されるのか? いや赦されるはずがない……!」
 フレデリックは唇を噛み締めた。
「何故じゃ……好きなら奪えばよいのだ。妾の唇を。そして欲しいままに抱いてくれればいいのに……妾はそなたに全てを捧げてもよいと思っているのじゃぞ?」
 エカテリーナは恍惚とした表情でフレデリックを見やる。
 しかしフレデリックはゆっくり首を振った。
「ありがとう……でも出来ない」
「意気地なし……」
「すまない……」
「意気地なし……」
 二人は互いをきつく抱きしめると声を殺して泣いた。
 思わずもらい泣きするマリアベルとブリトニー。
「報われない恋もあるのね……」
「いい話だよな……」
 感じ入る二人に対し、
「くすぐってぇなあ」
 ボイドは鼻の頭をポリポリ掻いてはにかんだ。
 そして、
「あ〜、うぜ〜! 犯りたきゃ犯りゃいいのに……あんないい女を、勿体ない。セックスフレンドでもいいじゃねえか、なあ?」
「……ラーズ、あなたは本当にデリカシーがなさすぎです」
 いつものやり取りを交わすラーズとレオニード。
 場面は再びフレデリックとエカテリーナへ。
「エカテリーナ……お願い、聞いてくれるね?」
「ああ、スカーレットフェアリーへのゲートは開いてあげよう……ただ」
「ただ?」
「ゲートを開くには膨大な魔力を使う。我が生命を削るほどに。だから……その……」
 エカテリーナ、もじもじ。
「フレデリック殿の血を吸わせて欲しいのだが……」
 ふうっとフレデリック。
「可愛いですよ、姫様」
「うっ、からかうな!」
「はははっ! 怒った姫様も大変愛らしいことで」
「くっ、言うておれ!」
 エカテリーナはつんと顔を背ける。
 と、フレデリックがエカテリーナの足元に跪いた。
「姫様、喜んで我が身をあなたに捧げます。どうぞ、この身に流れる血潮をご堪能くださいませ」
「う、うむ。そ、それでは」
 吸血鬼の吸血。
 それは単に精気を吸う行為だけでなく、性交にも似たセクシャルな関係を持つことにも通じ、血を吸うもの吸われもの等しく、至高の快楽を感じることができる。
 吸血をされる対象は吸血されることに次第に抵抗を失っていく。鈍痛すら麻薬となるのだ。そして吸れる回数を重ねていくほど、吸われることを求めるようになる。
 逆に吸血鬼は吸う対象の血に酔い、次第に快楽と共に愛にも似た感情を見出す。対象に惚れてしまうのだ。
 ただ所詮は吸血、行き過ぎれば吸血された対象は命を落としてしまう。
 実際、精気を得るためだけの吸血は、そんなに血の量を必要としない。
 快楽に任せて吸い続けなければ、吸血鬼と吸われる対象は健全なパートナー関係を結ぶことが出来るのだ。
 神の与えた背徳の悦楽の一つ。
「うわっ、想像以上に……エロいね」
 ブリトニーが興奮した様子で隙間から覗き見る。
「うん……」
 マリアベルもゴクリと二人の行為を見守る。
「ちっ、どMが。女にやられて喜ぶなんて変態め」
「いや、お前の発言が変態だって」
 ラーズの発言に冷静な突っ込みを入れるボイド。
「ああ……」
 エカテリーナはひとしきり血を吸い終えると、ゾクゾクとむせび泣く身体に震えた。
 秘部からは愛液が溢れだし、今すぐにでもフレデリックを迎え入れる準備ができている。
 フレデリックが欲しくて欲しくてたまらなかった。
「フレデリック殿……もう妾は限界じゃ……早く……」
 切ない声をあげるエカテリーナに、しかしフレデリックは優しく頭を撫でるだけ……
 エカテリーナは失望の色を隠せなかった。
「なんで……」
「お忘れなきよう……あなたは誇り高き吸血鬼の当主なのです」
「うう……知っておるわ……」
 がっくりと肩を垂れると、恨めしそうな眼でフレデリックを見上げるエカテリーナ。
「だが、その前に私は女じゃ。お主に惚れたバカな女。それも忘れるな」
 フレデリックは黙って頷く。
 と、
「さ〜て、いつまで他人の情事を観察すれば気が済むのですか? 見世物ではありませんよ?」
 フレデリックは誰に言うでもなくあっけらかんとして言ったが、紛れもなくマリアベル達を指しているのは当然だ。
 ギクリとしたのもつかの間、
「あっ」
 開きかけた扉ごと前に倒れ込むマリアベルとブリトニー。語るに落ちると言うか、転ぶに落ちると言うか。
「なんと、まさか妾とフレデリック殿の一連のやり取りを……」
 吸血鬼とは思えない赤面ぶりで、かあっと紅潮するエカテリーナ。
 可愛い。
「いや、その、これはたまたま事故で……」
 マリアベルは言い訳にならない言い訳をして、あははと取り繕うように笑った。
 何やってるんだろう、私。
 がくっ。



TO BE CONTINUED……

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