phase:9
空中格闘戦(ドッグファイト)



 ベリートシャローム広場。
 それはディバイン帝国の王宮「バプティマス」の御前に広がる広場のことであり、普段は門によって固く閉ざされているが、皇帝が一般市民に対して演説を行う際は解放される。
 そして今日、カースレーゼは広場に設置された壇上に昇り、眼前に広がる軍隊を一睨した。
 その数およそ10万。
 そばには護衛としてシュレイダーと数名の武官が控えている。
「聞けい! 神に愛されしディバイン帝国の臣民たちよ!」
 拡声器によって広場全体にカースレーゼの威厳ある声が響き渡る。
「かつてアルバレス王国と呼ばれる国家があった。彼ら王族と貴族たちはその特権に胡坐をかき、高額な税を取り立て、私腹を肥やし、結果、国土は荒廃していった。それに異を唱え、革命の狼煙を上げたのが前皇帝ブッフバルトであった。彼は天才的な軍略でアルバレス王国軍を駆逐し、ついには悪しき王族を根絶やしにした」
 カースレーゼは遠い目をして亡き旧友を偲んだ。
「さらに、彼は侵攻の手を緩めず、破竹の勢いで異教徒、異民族どもを征服し、この国に広大な国土と富をもたらした。なるほど、そこまでは評価ができる」
 一瞬間を置くカースレーゼ。
「しか〜し! 彼は自らを神であると偽り、神を冒涜した! この王権は神から授けられたものであって、人間が神になれるわけではない! そこを履き違えているのである!」
 先ほどとは一転して、かっと目を見開くと、突然語気を荒げるカースレーゼ。ダンと卓をこぶしで殴り、青筋さえ浮かべて見せる。その扇動的なパフォーマンスは、ホログラム化されて屋外に喧伝された。
「だから世襲にこだわり、ゼノビアという無能な小娘を皇位に付けた。これは断じて許しがたい! この皇位は真に優れたる指導者が付くべきであり、その選出は公平なる投票によって行われるべきなのだ!」
 ばっと両手を広げて見せるカースレーゼ。
「その弊害は諸君らも知っての通り! ゼノビアは若さから来る見識の狭さと独善的な価値観により、度重なる失策を繰り返した! 中でも最大の失策は『奴隷解放宣言』だ!」
 びっと人差し指で兵士たちを指す。
「今日の世界において奴隷制度は各国に採用されている当然の支配形態である! 敗戦国の愚民や悪魔を崇拝する異教徒どもを使役し、生産性を上げてきた。奴隷は臣民の貴重な所有物、すなわち財産である!」
 またもや壇上を叩きつけるカースレーゼ。興奮から唾が飛ぶ。
「その財産をゼノビアは無慈悲にも臣民から取り上げた! なんたる傲慢か! おかげで解放奴隷どもは増長し、主人であるディバイン臣民に歯向ってきた! さらに安価な労働力を失い、ディバインの物価はインフレ状態に突入した! 対外輸出でも国際競争力を大きく落とすことになった! 何一ついいことなどない!」
 さっと手のひらを水平に切るカースレーゼ。
「あの強いディバインは何処に行ってしまったのだ!? このような軟弱な国体にせしめたのは他でもない、ゼノビアだ!」
『ヤー!』
 カースレーゼの声に兵士達の声が呼応する。
「今こそ強きディバインを取り戻すとき! 7英雄に名を連ねるこのカースレーゼこそが、革命の灯火となり諸君らを照らすことだろう! 往け! 神に愛されし臣民達よ! 再びあるべき姿を取り戻すのだ! そして神を騙る愚かな少女に、しかるべき制裁を加えようぞ!」
『ヤー!』
 狂喜とも言える歓声が沸き起こった。
 そういえば戦いの恐れを減退させるドラッグが兵士の間で流行っているとも聞く。
 もちろん仕掛け人はカースレーゼなのだが。
 カースレーゼは演説の効果に満足すると、兵士たちに片手を振って応え、壇上を降りた。
「見事なご高説でした。カースレーゼ様」
 シュレイダーは心にもない言葉を贈った。
「ふん、慇懃無礼とはこのことだな、シュレイダーよ」
「はは、めっそうもない」
 シュレイダーは軽く笑い飛ばす。カースレーゼはそれを疎ましげに睨みながら、
「ここからが肝要だ。場所を移すぞ」
 さっさと歩き始めた。
 二人は人払いのされた王宮の一室に移動する。
「まあ、座れ」
「それでは、お言葉に甘えて」
 シュレイダーはソファに腰を下ろした。そういえば、こういう形で会話をするのは初めてであることに気付いた。
「間もなく最後の決戦を迎える。この分水嶺を見誤っていたずらな消耗戦を仕掛けるなら、奴らに勝機はない。しかし向こうにはクロヴィスがいる。そんな愚は犯さないであろうな」
「そうですね」
 シュレイダーは目ざとく、
「ついに『エンペラー』を動かす時が来たということです。その威信を各国に轟かせましょう」
 畳みかけるように言った。
 空中戦艦空母「エンペラー」
 それは帝国の技術を結集した世界初の空中戦艦空母であった。
 全長300メートルを超す巨体がドラコニアエンジンからヒントを得て設計された『エーテルドライブ』によって浮遊する。この巨体にドラグーンを70機搭載。本国から離れた地域でも、大量のドラグーンによる強襲作戦を実現することが出来る。
 さらに戦艦空母自らも強力な支援砲撃を行うことができ、まさに空中要塞といえた。
 しかし、
「あんなもの、ただの飾りみたいなものではないか。今回の戦には無用の長物」
 カースレーゼは顎ひげを撫でて吐き捨てた。
「しかも空中戦艦空母の起動にはわしの認証が必要なのだ。戦略的に意味のないものに搭乗して、悪戯にその身を危険にさらすつもりはない」
「恐れながら閣下、戦略とは何も戦場だけを指すものではないのですよ。政治的な意味も含めてです」
「うむ?」
 シュレイダーの言葉に片方の眉を吊り上げるカースレーゼ。
「閣下御自身が一度も出陣せずとも、このまま勝利することも出来ましょう。しかし、今後の選挙を睨んだとき果たしてそれでいいのかということです。革命指導者たるもの、臆病者のそしりを受けるのは得策とは言えません」
「なにぃ?」
 青筋を浮かべるカースレーゼ。
「それに宮殿も決して安全とは言えません。建築構造からして元々要塞として設計されているわけではないのです。防御面にぜい弱性が見られます。それならば厚い装甲と、大量の武器に鎧われたエンペラーの方が安全というもの。直接交戦はしなくていいのです。戦場に出ているという事実だけで、兵や民の士気は上がります」
「ふむ」
 カースレーゼはしばし熟考した。
「なるほど……な。お前の言うことにも一理ある。エンペラーに乗ろうではないか」
「さすがはカースレーゼ様。ご英断、感服いたします」
艤装(ぎそう)は済んでいるのか?」
「8割方は」
「急がせろ。使うからには、完璧を期したい」
「はっ」
 シュレイダーは立ち上げると、さっと敬礼をして部屋を後にした。



 一方、神聖ディバイン帝国軍本営。
 国家安全保障会議のため、元老院議長、聖教庁枢機卿、中央情報局長官、国家保安局長官、国防大臣、陸海空軍の幕僚長、法務大臣、大蔵大臣、経済大臣、国土建設大臣、魔導大臣等、そうそうたる顔ぶれが並んだ。今回の内乱で閣僚の半数以上がカースレーゼ側についており、トップを失った機関は次級、あるいは次々級の人間が繰上げでトップを勤めている有様であった。
 だが、それでも齢は最低でも40は超える海千山千のつわもの揃いであり、その中において皇女親衛隊「薔薇騎士団」の団長と、副団長の存在は異色といえた。二人ともわずか二十歳であり、若さ溢れる美貌を存分に振りまいていた。
 まだうら若い乙女であるゼノビアの両サイドを華やかに飾り、むさ苦しいつわもの達と真っ向から向き合う構図を作っている。
(ふん、とんだ魔女たちめ。どんな手を使ってゼノビア様をたぶらかしたのやら……)
(臣民の人気取りだけが頼りの、成り上がり風情が。必ず追い堕としてやる……!)
(ただのお飾りなら可愛い雌猫(プッシーキャット)なんだけどねえ。うちで囲いたいのう、ぐふふふ)
 ベアトリーチェとハリエットに突き刺さる、敵意の視線、嫌悪の視線、好奇の視線、そして好色な視線……
(まるで視姦だわ……)
 ベアトリーチェは体中に湧き上がる生理的嫌悪感を押し込めると、表向きは無表情に努めた。
(あら、ベア。見られて感じちゃってるの?)
 それなのにこの子(ハリエット)ときたら、こんな状況でも私をからかって愉しんでいる。
(もっと、心に余裕を持ったら? 表情が硬いわよ。下卑た豚どもを見下すぐらいが、太陽の女王らしいわ)
(ふん、言われるまでもないわ)
 ベアトリーチェは殊更つんとすましてみせた。
「さて、時間が押しているので本日の議題に移らせていただきます。よろしいですね、陛下」
 元老院議長が司会役を務める。
「ああ、進めてくれ」
 ゼノビアは眼鏡をかけると手元の資料に目を落とした。
 実は乱視なのだ。細かい文字を読むには、特殊な眼鏡が必要になる。コンタクトも作ったが、愛用の眼鏡がしっくりくるのであった。
 まずは各方面の状況報告から始まった。
 経済状況、食料自給率、被害状況、インフラの復旧率、疾病に関する情報等などだ。いずれも芳しい数字ではない。
(いかんな、もはや限界に達しつつある……)
 ゼノビアは若くして聡明な頭を働かせると、ざっと試算をしてみた。
 するとこれ以上の戦闘継続は困難であることが分かる。
 その感想は他の閣僚も持ち合わせていたようだ。一同、一様に表情が暗い。
「それでは、私の議題に移らせて頂きます」
 皆の注目が航空幕僚長に集まった。
 統帥権はゼノビアが握っているが、実質の総司令官はこの航空幕僚長に任されているのが最近のディバイン帝国の主流になっていた。航空幕僚長は4竜将筆頭でもある獅子王ことクロヴィス大将が務めている。
「当初のプランでは、相手の結束力の弱さを逆手に取り、持久戦に持ち込むことで相対的に敵戦力を逓減、戦闘訓練をした民兵を投入してこれを撃滅する予定でした。しかしカースレーゼの強硬な攻撃により、頼みの防空兵器に甚大な被害が出てしまった。よって、制空権を奪われ、部隊や都市は空爆の危機に常にさらされるようになってしまった。何とか均衡は保っていますが、消耗カーブが予想以上に上がり、民兵の戦力化を待つ状況ではなくなりつつあります」
 クロヴィスがまずは現状を説明した。すると各閣僚から批判が噴出する。
「まったくもって不手際であろう。地上部隊の侵攻は十分に考えられた! つまらぬ確執で陸軍と連携が取れなかった失敗はどうするおつもりか!?」
「このまま戦闘を継続したら、ジリ貧で押し切られてしまう。妙案は当然お持ちでしょうな?」
「責任の所在は明確、あなただ! 私は断固、司令官の交代を提案します!」
「静かに!」
 ゼノビアの鋭い叱責で各閣僚がぴたりと野次を止める。
「ここでクロヴィス将軍を責めて何の解決となるか? そもそもここまで我が軍が奮闘できたのは、他ならぬクロヴィス将軍の戦略なのだぞ? 異論のある者は名乗り出られよ」
 わずか13歳とは思えない皇帝然たる威風で大人たちを諌めるゼノビア。
 本当は死ぬほど緊張しているだろうに、なんと健気なのであろう。
 ベアトリーチェは今すぐゼノビアを後ろから抱きしめたい衝動に駆られた。
「ないようだな? では、続けてくれ」
「はっ!」
 クロヴィスは視線でベアトリーチェを促す。
 ベアトリーチェは短く魔法を唱えると、空中にホログラムを映し出した。
「各閣僚が仰る事はもっともであります。このまま、現在のような戦闘を続けては、悪戯に消耗し、やがて戦闘継続は困難になる。よって、次の戦闘が我が軍最後の戦いとなります。総力戦です。心して聞いてください」
 クロヴィスは作戦の概要を説明し始めた。
 その概略はこうだ。総力による中央突破。その先陣を切るのはクロヴィスとベアトリーチェのドラグーン。
 当然のように上がる批判の声。
「無茶だ。ただの特攻ではないか……」
 今回の作戦では、周辺国への牽制を任される海上幕僚長が狂気の沙汰だと吐き捨てた。
「いずれ決定機にはこれと同じリスクはどこかで払わなければならない。あたなも軍人ならお分かりであろう。無傷での完全勝利など、歴史上稀であると」
 クロヴィスの言葉に確かにそうであるがと意見を保留する海上幕僚長。
「ただ、勝算がないわけではない。そのための新兵器の用意がこちらにあります」
「新兵器? 大蔵大臣、いつから空軍に予算を融通したのだ?」
 陸上幕僚長が大蔵大臣を責める。
「我が陸軍こそディバイン帝国軍の基幹。陸軍の充実なくして勝利などありえん。事情を説明してもらいましょうか!」
 勢いを得て発言する陸上幕僚長に、
「そう大蔵大臣を責めないでください、陸上幕僚長殿。予算を公表すれば新兵器の概要を教えるようなものではないですか。敵を欺くには、まずは味方からといいます」
 ベアトリーチェは小馬鹿にするように言葉を浴びせかける。
 これには陸上幕僚長は腹の虫が煮えくり返った。
「なにぃ、小娘が、言わせておけば……」
 しかしベアトリーチェは涼しい顔で言葉を受け流す。
「それにパルフェタムールは完璧です。この画期的な兵器システムの概要を聞けば、将軍の疑問も氷解するかと」
「パルフェタムール?」
 ベアトリーチェはにやりと微笑むと、ホログラムを切り替えた。
 映し出された新兵器を見て閣僚達は感嘆どころか失望とも取れる溜息を漏らす。
「なんだ、ただのドラグーンではないか」
「その通り、ドラグーンですが、これはスペシャルと呼べるものです」
 ベアトリーチェの説明に陸上幕僚長は懐疑的だ。
「どれだけ優れた航空機があろうと、ただの一機で戦局が変わるものか。それとも既に量産化したとでもいうのかね? この短期間で」
「まさか、量産化など無理です。これだけの複雑なシステムを作るには、試作品だけでも資金と開発期間が莫大になる。この機体は戦前から既に予算が組まれ、極秘裏に開発が進められていたのです」
 ベアトリーチェがピシャリ。陸上幕僚長はジロリとベアトリーチェを睨む。
「で、これのどこが画期的なのだ?」
「それは私が説明します、将軍」
 ベアトリーチェに代わってハリエットがすっと前に歩み出た。
 ぱっと見には13歳のゼノビアと同じ年頃の少女にしか見えない。第二次性徴も不完全な、未成熟な身体。
 だから大人たちはその姿を見て哂った。
「ふん、まだおしめを巻いていそうなションベンくさい子供(ガキ)の説明なぞ聞きたくないわ。いつから栄えあるディバイン空軍は、ジュニアスクールになってしまったのかね?」
 しかしハリエットは鼻で笑うと、不敵に微笑んだ。
「私がパルフェタムールのパイロット、ハリエット・デュ・バレンタイン中佐であります。畏れながら、将軍。私の機体であなたご自慢の軍勢の、一個旅団規模を壊滅させる自信がありますが、試してみますか?」
 これには陸上幕僚長は色を失うと、ダンと机を叩いて立ち上がる。
「なんだと、小娘! それは陸軍に対する侮辱か!?」
「事実です」
「発言を撤回しろ、小娘。さもなくば、名誉毀損で今ここで斬り捨てるぞ!」
 バチバチと音を立てる火花。
 一気に会議の場が緊張した。と、
「失礼しました、将軍。部下の不徳をお許しください。ここは私に免じてどうかお引き取りを。陛下の御前にございます」
 クロヴィスがやんわりと火花を散らす二人をなだめた。
「くっ」
 ゼノビアを引き合いに出されては仕方ない、陸上幕僚長は一旦矛先を納めた。
「そうだな、二人ともやめるのだ。感情的になっては建設的な会議など不可能。仲違いは敵の最も望むところである」
 ゼノビアの言葉にハリエットは「申し訳ございません」と頭を上げた。
「中佐よ、新兵器の概要を説明してくれ」
「はっ。このドラグーンは帝国で既に運用している攻撃機、DGA−6Bをベースに改良を重ねたものです。アビオニクスを最新の小型なものに挿げ替え、余ったスペースに強力なアンプリファイアシステムを搭載、さらに外付けのブースターパックもアンプリファイアシステムになっていまして、完全に魔法戦使用のカスタムチューンになっています」
 ハリエットの説明に陸上幕僚長はやれやれと首を振る。
「……分からんな。ただ魔法戦に強いだけで、何故そんな圧倒的な力があるといえる?」
「それは私の得意魔法が精神攻撃だからです」
「なにぃ?」
「将軍はグリモワールはご存知ですか?」
「ぐりもわーる?」
 陸上幕僚長はお前は知っているかと、隣の海上幕僚長に顎で促す。知るわけがないと海上幕僚長も首を横に振った。
 しかし、その中で一人顔色を変えた男がいた。
「馬鹿な……まさか禁断魔法を使うというのか!?」
 魔導大臣であった。まるで生涯の仇敵のようにハリエットを睨みつける。
「精神魔法は、人間の霊魂に関わる技術。その使用は極めて制限され、大抵は焚書して失伝しているのだ。過去に精神魔法の乱用で、人類は滅亡の危機に立たされているからな……だから、その技術の多くが最高機密としてグリモワールという魔導書に収められ、医療機関や犯罪捜査機関での限定的使用のみに留められているのだ。一介の軍人が軽々しくアクセスできるようなものではない! どうやってアクセスした!」
「私はグリモワールは引用に使おうと思っただけで、実際は覗いていませんよ」
「嘘をつけ!」
「嘘ではありません。私の知っている精神魔法は、元々、私の部族の巫女にだけ赦された秘儀でした」
「巫女の秘儀? そうか、貴様はエルフだったな……」
 苦々しい顔でハリエットを睨む魔導大臣。
「恐ろしい……だからエルフなどという蛮族を登用するべきではないのだ……」
「然り、然り。奴隷解放宣言は間違っていたのだ。劣等種族に余計な知識は無用というもの。(さか)しくなるだけよ」
「ふん、幼いくせに妙に色気付きやがって。お前には娼婦館がお似合いだ。ペットとして可愛がってもらえるぞ?」
「いい加減にせぬか!」
 ゼノビアは手元の資料をダンッと叩くと、掛けていた眼鏡をはずして柳眉を逆立てた。
「なんという偏見! なんという狭量! なんという傲慢! お前達は何も分かっていない! これだけ巨大になったディバインが、そんな狭い価値観で立ち行くわけがなかろう! 今こそ民族、種族、宗教を超えた結束が重要となるのだ! 世界画一化(グローバルスタンダード)に向かうべきなのだ! 中佐の存在は、ディバインの明るい未来を象徴するべきであって、批難すべき対象ではない!」
 一気にそこまでまくし立て、自分の発言に呆然とする閣僚達を見やった。
 くっ、言い過ぎたか?
 こんな小娘の言葉は心には届かぬのか?
 緊張した面持ちで閣僚の反応を伺うゼノビア。正直、背中をつつっと冷や汗が伝っていくほどびびっていた。
『……はっ、悔い改めます』
 彼らは大人だった。ゼノビアを頂点とした体制に寄生する身、彼女の失脚は彼らの望むところではない。
 取り敢えずは事態は収拾した。
 しかし、納得はいっていなさそうだ。頭をたれつつも、ジロリとハリエットを睨みつけている。
「して、その魔法とはどんなものなのだ?」
 ゼノビアは件の懸案事項について触れた。。
「そんな怖ろしいものではないですよ、陛下。簡単に言えば、兵の戦意を失わせる精神攻撃です。直接攻撃をしないので、非殺傷兵器といえます。相手は国を同じくする臣民ですから、余計な殺傷は極力控えたいという配慮です」
「ほう、それはすばらしい。効果範囲は? 持続時間は?」
「自機からおよそ半径30kmに影響があります。この魔法の影響を受けた対象者は、少なくとも数刻は立ち直れないでしょうね。これで戦端を切り開き、一気にベアトリーチェ将軍に切り込んでもらいます」
「怪しいものだ。実際にテストはしたのか? データは?」
 陸上幕僚長の言葉に、
「間接的には兵器の性能を試してはいます。しかしデータを収集し、検証する時間は正直ありませんでした」
「なにぉ? ふざけるな! そんな不確かな要素を頼りに戦えるか!」
 やはり対立する両雄。
 判断はゼノビアに委ねられた。
 一同の視線を受けてうっと息詰まるゼノビア。
 落ち着け、指導者らしく振舞うのだ。
 お前は神の子なのだぞ? この発言は神託も同じ。大丈夫、彼らは従ってくれるはずだ。
 それでもゼノビアはちらりとベアトリーチェに視線を送った。助けてくれという、サイン。
 あなたの御心のままに。
 ベアトリーチェはうっすら微笑み返した。
 そうだ、何より私にはベアトリーチェがいる。彼女の支えがあれば、この程度の困難など!
「いずれにしろ、パルフェタムールを出し惜しみは出来ん。文字通りの総力戦を挑まねばならんのだ」
「しかし……」
 なおも食い下がろうとする陸上幕僚長に、
「実はな、パルフェタムールの開発には私も関わっていたのだ」
 カードを切ってみせるゼノビア。
「な、なんですと」
 しまったという顔をして陸上幕僚長は居住まいを正す。
「し、失礼しました! 陛下の関わった機体とは露知らず……」
「気にするな。私もハード面しか関わっていないから、ソフト面であるアンプリファイアシステムの性能は知らない。正直、将軍が危惧するように、期待する性能は発揮できないかもしれない」
「はあ」
「だが、私はこのアンプリファイアシステムの開発に携わったベアトリーチェとハリエットを信じている。この機体は必ずや期待する性能を発揮し、我が軍に勝利をもたらしてくれるだろう」
 ゼノビアは力強く続けた。
「そして、ここにいる閣僚、率いては愛する帝国臣民を私は信じている……なぜならば、今日の今日まで、数々の困難を跳ね返してきたお前達だからだ。だから、お前達を信じずして、真の勝利はありえん!」
 ゼノビアの断固たる決意表明に全員が居住まいを正した。
『ハイールゼノビア! ジークディバイン!』
 ばっと敬礼する。
「クロヴィス、ベアトリーチェ、ハリエットよ。今回の作戦の要はお前たちだ。正攻法での勝利を望める状況ではない。見事に役目(つとめ)を果たしてみせよ」
『ははっ、陛下! この命に代えましても』
 3人は最敬礼で応える。
「ところで、この作戦に二つほど注文がある」
「なんなりと、陛下」
 ゼノビアの提案にクロヴィスが促した。
「まず、此度の戦いには私も参戦する」
「なんですと」
 閣僚達が思わぬ提案にざわめく。
「静まれ! これは決定事項だ。私の父上は、戦のときは常に前線の兵と共にあった。王が動かずして、国は動かず。そういうことだ」
「いや、しかし、万が一御身に何かがあっては大変でございます! もしゼノビア様を失ってしまったら、帝国は崩壊してしまうのですぞ!」
 元老院議長にゼノビアはふっと微笑みかけると、
「心配には及ばぬ。皇帝など所詮はシステム。私でなくても誰かが勤めるだろう。このディバインは広い。必ずや優れた才能がいるはずだ。私はな、世襲にこだわる必要はないと考えておる」
 ずばりと言い切ってしまった。皆、唖然。
「いや、なりませぬ! 正統性を放棄なさるおつもりですか!? それではカースレーゼに付け込まれるだけですぞ!」
「そうです、ゼノビア様! 今すぐお考え直しを!」
 他の閣僚の抗議に混じって、ベアトリーチェも力強く反対する。
「いや、しかし……」
 お前に継がせたいのだ、ベアトリーチェ。
 お前なら私よりも数倍うまく、この巨大な帝国を切り盛りできる才覚がある。
 私の芝居もいずれはバレる。
 奇跡を起こせない凡人に、移り気の民は興味を示さない。そうなれば急速に離心が起きる。
 と、
『自信を持て、ゼノビアよ。お前はそんなに弱い子だったのか?』
 いきなりゼノビアの脳裏に神の啓示の如く父の声が響いた。
(なっ)
『兵と共に戦う姿勢は結構。それでこそ私の娘だ。しかし、この波乱の時代に帝国を他人任せとは……見下げ果てた根性だ。統制を失った帝国はあっという間に瓦解、今よりも悲惨な血にまみれた争いに叩き込まれるだろう』
(そうは言いますが父上、私は魔法一つ、奇跡一つ起こせぬ愚鈍蒙昧な娘です。でも、ベアトリーチェなら……彼女なら私よりも……!)
『たわけっ!』
 ゼノビアはビクリとした。
『お前は逃げているだけだ! 何故立ち向かわない?』
(それは……)
『お前は紛れもなく神の子なのだ。青い血がその証明だ。神聖性がない人の子であるベアトリーチェにこの帝国を率いる求心力はない。お前を補佐するには優秀な人物ではあるが、指導者としては力不足だ』
(そう……なのでしょうか)
『神は己の心を慰めるため、写し身として人を創った。その神の子として責務を全うせよ」
 ブッフバルトの声は力強かった。
『人は生まれながらにして愚かなのだ。その彼らの業を背負い生きなければならない。つらい役目だが、お前ならできる。いずれ、人は神と手を取り合うことが出来るであろう。私は天界より、お前の所業を見届けようぞ』
(父上……)
 ずっと求めていた父の愛。
 ようやく出会えた気がした。
 生前、父は戦争ばかりに明け暮れ、自分と触れ合う機会はほとんどなかった。そして晩年は狂気に囚われ、そもそも会うことすら出来なかった。
(分かりました、父上。私は負けません。必ずや、父上の期待に応えてみせます! 臣民達を神の国へと導きます!)
 ゼノビアは強く心に誓うと、きっと前を見据えた。
 ほのかに瞳が潤んだが、何とかこらえた。
「分かった……すまん。私の誤りだった」
 ゼノビアはそう言うと閣僚に向き直った。
「神の血を絶やすわけにはいかない。神を失った臣民は何を頼ればいいのか分からず、悲嘆し混乱に陥るであろう。しかし、だからといって宮殿に縮こまっているつもりもない。私の決意を仇敵に、そして臣民に示したいのだ。これはこの戦争に勝った後も見据えての行動である。そこは理解して欲しい」
「承知しました。ならば、我が部隊の陸上戦艦空母に搭乗されよ。ある意味、その堅牢さは宮殿よりも強固、安全が確保されています」
 陸上幕僚長が善後策を提案した。他の閣僚も異存はなかった。
「分かった。感謝する。さてもう一つの方だが、カースレーゼを含む敵兵は極力殺すな。可能な限り生きて捕らえよ」
「なんですと、カースレーゼを生かすのですか!?」
 また閣僚達がざわめいた。
 これにはベアトリーチェはもといハリエットも呆れ顔だった。
(本当にお人好しね、このお姫様は。可愛い)
 ハリエットはウィンクしてみせるが、ベアトリーチェはなんとも複雑だった。
 後でシュレイダーの身の安全を確保するべく交渉する予定だったが、その手間が省けた。できればどさくさに紛れて殺したかったけど。
「静まれ、諸君」
 ゼノビアは決然と言い放った。
「枢機卿、我が神の『愛』とは何だ?」
「そ、それは……『罪を犯す人間こそ救われるべきである』です」
「その通り。『罪』とは『良心を痛める過ち』のことだ。良心の呵責は神の警鐘である。しかし人は愚かであり、罪深く、ゆえに過ちを犯し続けるが、罪は生までを否定するものではない。神はそう仰っているのだ。そして慈悲深くお救いになろうというのだ。神の代弁者である私はそれを実践したい」
「そうは言いますが、カースレーゼが生きていては示しがつきませぬ……」
 他の閣僚が不平を漏らすが、
「もちろんカースレーゼの犯した罪は、神より授かりし司法によって裁かれるべきであり、命の秤を越えた大罪ならば、神の火をもって清めるほかない。だが、戦争という理不尽な暴力で命を奪うのは良くない。そして何より、カースレーゼこそが、今日のディバインの基礎を築いた7英雄の一人であることを忘れてはならない。彼の尊厳は死しても守られるべきである」
「潔癖すぎる……若いな」
 閣僚の一人がこっそりぼやいた。
「確かに割り切れない思いはあるだろう。既に多くの同胞の命が奪われた。だが、憎しみの連鎖を絶つには、『罪を赦す』しかないのだ。私が考える宗教とは、『罪を定める』そして『罪を赦す』ことだと思う」
 ゼノビアに諭されて黙る大人たち。
 確かに正論だ。
 だが、正論が正しいとは限らない。それが世の中なのだ。
(ああ、何と立派なのでしょう)
 ベアトリーチェは心の底で感涙した。
 私の妹がこうも高潔かつ正義に溢れた女の子だったとは……姉として誇らしい。
 やはりゼノビア様こそが世界を率いるリーダーとなるべきなのだ。
 一方のハリエットは冷やかだった。
(ふ〜ん、本当におめでたい子ね。まあ、せいぜい頑張るといいわ、矛盾だらけのこの世の中で)
 シニカルな表情でほくそえむ。
 ベアトリーチェはそんなハリエットを嫌悪した。
(あなたはなんでそんな……)
(あら、あなたも世の中に絶望したクチでしょ? それともこの子が本当に、『素敵な世界』とやらをこの世に実現してくれるとでも思ってるのぉ?)
 にやにやとベアトリーチェを試すように突っつくハリエット。
(さっきは父親役で助け舟を出してあげたけど、私の支えがなかったらそのまま心が折れていたわよ、あの子)
 くすくすとせせら笑うハリエットにベアトリーチェは反論した。
(確かに今は頼りないけど……あの子は絶対に負けないわ)
(それこそ幻想よ。人間の心は本当に脆いものよ……あなたも私もガラスのような心でしょ? 簡単に傷ついて、砕け散ってしまう。ただね、一人だけ神にも等しい強い心の持ち主がいるわ)
(? 誰よ?)
(シュレイダー様よ……)
 そう言うハリエットの瞳は爛々と輝いていた。狂信的ともいえる凄みがある。
(あのお方こそ、真の神にして救世主。私はあの人と添い遂げるの)
(……なるほど、確かにあなたもガラスの心ね、ハティ)
 結局似たもの同士のようだ、自分達は。ただ、可憐なゼノビアとは違い、シュレイダーには確かに魔王のような力強さを感じる。
 彼が本気で世界征服に乗り出したら、冗談抜きで達成してしまうかもしれない。
(しかし疑問があるわ、ハティ。何故、シュレイダーはカースレーゼを暗殺しないの? チャンスはいくらでもあるはず。そうすれば戦争は終結し、取り敢えずゼノビア様の体制は磐石となる。そして帝国の外に目を向けることが出来る。アークの破片の回収作業にも取り掛かれる)
(あは、それを教えたら楽しみが減るでしょ? それに飼い猫に手を噛まれるかもしれないしね)
 ハリエットは愉快そうに微笑む。
(……私があなたに逆らえないのは知っているでしょう? 手っ取り早く私を奴隷化(スレイブ)すれば、心配する裏切りなんてない。というか、自分に敵対するかもしれない相手を、自由のまま放置しているあなたの気が知れないわ)
(んふっ、お人形さんなんてつまらないじゃない? 反抗する家畜を調教するのが楽しいのよ。そう、自由であるはずのあなたの心と肉体を徹底的に陵辱するのがたまらないの)
 そういうハティはベアトリーチェの顎に指を添えると、今にも唇を奪わんばかりに顔を近付けた。
 うっとりと歪む唇の端に、恐ろしい寒気を感じるベアトリーチェ。
(やっぱり歪んでるわ、あなた)
 ベアトリーチェは首を振ると、これからの展開を考えて重い溜息をついた。



 それからしばらく経って、作戦指揮所(COC)で戦闘準備を進めるベアトリーチェとハリエットの下に、緊張感高まる知らせが届いた。
「第7警戒管制所(DC)よりコール。どうやら防空識別圏(ADIZ)に一機のドラグーンが進入した模様です」
 オペレーターは暗号解析された魔報を読み上げる。
「なんですって?」
 ベアトリーチェは副官から魔文を受け取ると、素早く状況を確認した。
「IFFは確認したのかしら?」
「はい、アンノウンです。呼びかけにも応じません。進入経路から想定するに、マルクト選王国所属の機体かと思われます」
「こちらの要撃の準備は?」
「ローザブルグの空軍がスクランブルを掛けたようですが、あそこはドラグーンを保有しておらず、簡単に突破されてしまうでしょうね」
「くっ、マルクト選王国からの声明は?」
「まだ出されていません。仮にこれが奇襲だと考えると、そのような愚は冒さないかと」
「一機とはいえドラグーン。無視できないわね……」
 こんな大事な時期に……いや、味方のピンチは敵の好機。狡猾にこのタイミングを見計らっていたとも考えられる。
 あるいはカースレーゼの策略か。
 マルクト選王国はようやく第3世代機をロールアウトしたと聞いた。つまり作戦機はまだ第2世代機止まりのはずだ。いや、それはディスインフォメーションで、実は既に第3世代機が配備されているのかもしれない。
 そう考えると我が軍で対応できる機体は限られてくる。
『ハティ、シュレイダー様からの情報は届いていないの?』
 ベアトリーチェはテレパシーで隣にいるハリエットに呼びかける。
『そういう情報は届いていないわね。というか、カースレーゼ軍の細かい動きまで逐一報告はしてきていないわ。彼には成すべき事があるから』
『そう。私の放ったスパイからも、マルクト選王国に関する情報はなかった……つまり、マルクト選王国独自の動きと解釈するべきなのかしらね?』
『不可侵条約を破棄して攻めてきた? にしては頼りない軍勢ね。むしろ亡命とか?』
 と、オペレーターが二人のテレパシーを遮った。
「あ、待ってくださいベアトリーチェ様、追加の情報が入ってきました。どうやら、アンノウンの正体が割れたようです」
「教えて」
「機体は帝国軍のものです。DGS−4A……そんなドラグーン、我が軍にありましたっけ?」
「DGS−4A!? スカーレットフェアリーだわ!」
 ベアトリーチェよりもハリエットの方が大きく驚いた。
 スカーレットフェアリーと言われて、若いオペレーターもあっと声を上げる。その名前なら馴染みがある。帝国創世期に活躍した伝説的なドラグーンだからだ。
「え、では、まさかモニカ様が乗っている……わけではないようです。どうやら搭乗者は帝国軍人のレオニード・アルモドバル少尉と民間人のマリアベル・レ・ランカスターのようですね」
「なんですって……」
 ベアトリーチェとハリエットはお互い顔を見合わせた。
 一体どういう経緯でスカーレットフェアリーを手に入れたのかは分からないが、とにかく大きな仕事を果たしたみたいだ。
「分かったわ。迎えの準備をして」
「かしこまりました。早速手配いたします」
 オペレータは素早く敬礼すると、各方面への手続きを開始した。



 ベアトリーチェは逸る気持ちを抑え切れなかった。
 何故、この最悪のタイミングで戻ってきたのか?
 何故、伝説のスカーレットフェアリーに彼女が乗っているのか?
 そして仇敵のフレデリックを連れてきたのだろうか?
 いやいや、それよりも最愛の妹に再会できることが一番喜ばしいではないか。
 いや、駄目だ……自分がシュレイダーとハリエットの罠にはまり、惨めな境遇に陥っている姿を見せたくない……
 とにかく様々な想いがひしめき合って、気持ちの整理がつかないのである。
 見た目はクールを装っているつもりだが、つもりにしかなっていない。
 ほら、ハリエットはこちらを見てほくそえんでいる。
 お前の心の葛藤が心底面白い。
 そういう小悪魔の笑みなのである。
 彼女が真性のサドであることは、この前十分味わった。この肉体と心に……
「にゃひっひっ、あなたの可愛いワンちゃんのお出ましね? 楽しみだにゃ〜、尻尾を振って嬉ションしちゃうのかな?」
 部分トランスフォームをして耳をピクピク、尻尾をふりふり、犬の真似をするハリエット。可愛らしいのだが、彼女の場合は悪意満載のブラックジョークなので洒落にならない。
 ベアトリーチェはだから心配になった。
「まさか、マリアベルを精神操作するつもりじゃないでしょうね……?」
「だったら?」
「許さない……!」
「おすわり」
 ああっ!
 ベアトリーチェは凄まじい強制力に抵抗できず、膝をがくっと折った。
「お手」
 にやにやするハリエットを睨みつけるが、これまた抵抗できずにお手をするベアトリーチェ。
「うう〜ん、いい子だにゃ。躾をしたご主人様の顔が見てみたいわ〜」
 ハリエットはよしよしとベアトリーチェの頭を撫でると、満足そうに何度も頷く。
 く、くそ。殺してやる……
「間もなく着陸に入ります。地上員は安全圏へ退避してください」
 管制官の指示にベアトリーチェとハリエットは、滑走路からやや離れた位置に移動する。
 すると、遠くから赤い物体が徐々に近付いてくるのが見えた。
 あれがスカーレットフェアリー。
 良く見るとロープのようなもので、後ろにもう一機を牽引している。
「あれは何?」
「さあ?」
 ベアトリーチェの問いにハリエットは肩をすくめる。彼女にも見覚えがない機体らしい。
 ということはシュレイダーの関係筋ではないということか。
 やがてスカーレットフェアリーがある程度細部を確認できるほどに接近してきた。
 これは確かに大きい。
 帝国で運用を始めた戦略爆撃機、DGB−29と互角のサイズである。
 DGSの「S」はストライカーの略式。つまり戦闘爆撃機のことであり、現代のマルチロールの走りといえる機体であった証拠だ。
 やがて、スカーレットフェアリーにロープ牽引されていた機体が、ロープを切って独立飛行に入る。どうやら双発のレシプロ機。グリフィンのようだ。
 まずはスカーレットフェアリーが着陸態勢に入る。危なげない着陸であった。
 おそらく操縦はドラグーンの操縦歴があるレオニードが行っているのだろう。マリアベルではこうはいかないはずだ。
 続いてグリフィンが着陸体制に入ったが、これまた一同を驚かせた。
 翼自体が水平から垂直に稼動し、垂直方向になったレシプロでホバリング、着陸した。
「サプライズの連続ね。グリフィンの搭乗者が楽しみだわ」
 ハリエットは子供のようにわくわくした表情を見せる。見た目が少女だからなおさら様になっているのが滑稽だった。
 まずはスカーレットフェアリーのハッチが開く。
 すくっと前部座席から顔を見せたのはレオニードだった。
「お久しぶりです、ベアトリーチェ様。ご無事で何よりです」
 出発した時と何も変わらぬ律儀な様で敬礼を送ってくる。ベアトリーチェもさっと答礼を返した。
「ご苦労です、レオニード少尉。よく務めを果たしましたね」
「ははっ、詳細は後でレポートにまとめます」
 どこまでも律儀な男だ。だから信用できるのだが、もうちょっと融通が利くと一皮向けるのに。
 続いてひょっこり顔を出したのがマリアベル。
 出発した時と何も変わらない、愛くるしい我が妹……
「お姉さま!」
 ベアトリーチェを認めて声を弾ませると、マリアベルは一気にコクピットを飛び出して……
「あっ」
 タラップが用意されていないことに気付く。しかし時既に遅し!
「いやああああああああ!」
 そのまま地面に激突!
 は、させなかった。
「アータム!(浮けっ!)」
 ベアトリーチェは渾身のサイコキネシスでマリアベルの落下を防いだ。
 しかし、十分な詠唱ではなかったので、サイコキネシスの制御に失敗、完全に空中で受け止めきれず、落下速度を落とすことしか出来なかった。
 結果、マリアベルはきゃふんと軽く地面に激突し、打撲をするはめになった。
「いたたっ……」
「ベ、ベル!」
 ベアトリーチェは慌ててマリアベルの下に駆け寄った。
 マリアベルはなんとも情けない顔でベアトリーチェを見上げる。
「ううっ、少しは成長したと思ったのに、またやっちゃった……」
「いいのよ、気にしないで。あなたの無事な姿を見てほっとしたわ」
 気休めではなく本心だった。
 本当にマリアベルが無事でよかった。
「ごめんなさい、お姉さま……私、フレデリック様を連れてこれませんでした……」
「そう……」
 マリアベルを送り出した時とは状況が違う。
 むしろ、今は彼とは会いたくなかった。だから心底ほっとした。
「それも気にしなくていいのよ。彼には彼の都合があるもの」
「うん……だけどね、凄いものをフレデリック様は譲ってくれたんです」
「これ、ね?」
 ベアトリーチェは改めてスカーレットフェアリーを見上げた。
 損傷は著しいが、ここまで立派に飛行してきたのは評価に値する。
「スカーレットフェアリーっていうの。お母様の乗っていた機体よ」
「ええ、知ってるわ……えっ?」
 ベアトリーチェはマリアベルの顔をマジマジと覗き込んだ。マリアベルはふわっと微笑んで見せる。
「そう、私にもお母様がいたんです。モニカ・ローゼンハイム……」
「なん、ですって……」
 ベアトリーチェは雷に打たれたように愕然とした。しかし一方で納得した。
 この機体はブッフバルト様とモニカ様しか乗っていなかったと聞く。つまり、他の搭乗者を拒絶する認証システムが搭載されていることは十分に考えられた。
 そしてこの機体にマリアベルが乗っているということは、モニカの直系だからという説明が出来る。
「なるほど、確かにあなたはモニカ様にそっくりよね……その、胸以外」
 がっくりと首をたれるマリアベル。
「だ、大丈夫よ! ベルの胸はこれから大きくなるんだから……多分」
「お姉さま、全然フォローになっていません……」
 意気消沈のマリアベル。
「と、とにかく、良かったわ。じゃあ、モニカ様にお会いしたのね?」
「うん、夢の中で」
「夢の中?」
 ベアトリーチェ、あんぐり。
「え、それは一体……」
「説明すると長くなるから、また後で話します。それより、お姉さまは忙しい身なのでしょう?」
「ええ、そうね」
 そうだ、戦闘準備を進めなくては。
 ベアトリーチェはハリエットの姿を探す。
 いた。
 ハリエットはグリフィンに取り付けられたタラップの近くでそわそわしていた。
 まずはグリフィンのハッチが開いて、ぴょこんとブリトニーが降りてきた。
「おっ、帝国にもエルフがいるんだ。へ〜」
 ブリトニーは物珍しそうにハリエットを観察すると、
「あたしブリトニー・マックスウェル。あなたは?」
「私は帝国軍所属、ハリエット・デュ・バレンタイン中佐です。よろしく」
 がっちり握手をし合った。
「ふ〜ん、12歳ぐらい? 帝国って、こんなちっちゃな子も軍人にするんだ」
「ふふふっ、見た目に惑わされないで。私は20歳よ」
「へっ? ええ〜!?」
 オーバーアクションに驚くブリトニー。
「見えない! どーみてもジュニアスクール出だよね? 100歩譲ってハイスクールかな?」
「まあ、若く見られるのは光栄ね。実際、これで成長止まっちゃってるんだけど」
「え? そうなの?」
「話すと長いからはしょるけどね。ん?」
 ハリエットは後続のドワーフの姿を認めて眉間にしわを寄せた。
(あいつはあの時のお楽しみを邪魔した……)
 ボイドであった。
「おお、これはまた可愛らしいお出迎えだ。お譲ちゃん、ほんとに20歳なの?」
「答える義務はないわ。じゃ、さようなら」
「お、おい、やけに素っ気無い……あだっ!」
 ボイドを背中から蹴り倒して仁王立ちするラーズ。
「ふふふふっ……ふっはっはっはっはっはっはっ! ついに、ついに英雄たるラーズ様々が帝国の主となる時が来たのだ! 世界の生きとして生ける美女たちは、この超絶美形のラーズ様々の前にひれ伏すのだ!」
「ラーズ……足をどけろ……」
 ラーズに後頭部を踏みにじられて、ぴくぴくとボイド。
「で、どこにいるんだ!? 可愛い女の子ばかりというハーレム騎士団は!?」
「あらあら、本当に面白い奴が混じっていたのね?」
 ハリエットはラーズの凄まじい登場っぷりにぷぷぷっと含み笑いをもらす。
「もしかして、薔薇騎士団のことを言ってるの、あなた?」
 ハリエットに声を掛けられ、ぐるりんと首を回すラーズ。
「ん? んんん!?」
 マジマジとハリエットを嘗め回すように見つめるラーズ。
「あら? 私が気になるの?」
 ハリエットは色気たっぷりにしなを作って見せるが、
「ん〜〜〜〜〜〜、微妙にボールだな……」
「はにゃ?」
 いきなり調子を外されて拍子抜けする。
「いや、限りなくストライクに近いけど、ちょっと未成熟過ぎるんだよなあ……腰つきも胸のボリュームも貧相だし……例えるなら友達以上、恋人未満。うんうん」
(勝手に納得した!)
 ハリエット、唖然。
「というか、タイプじゃないんだよね。ロリ過ぎて」
(言い切った!)
 ハリエット、愕然。
「なんていうかな、もう少しお姉さんな方が……おっ、ラーズレーダーに感あり!」
「ちょ、ちょっと」
 非難めいた声で引き止めるハリエットを無視して、ベアトリーチェに向かってハイジャンプをするラーズ。
「とう!」
 空中でくるりと一回転すると、しゅたっと軽やかに着陸し、髪を掻き揚げてきらりと歯を光らせた。
(誰よ、こいつ……)
 ベアトリーチェ、呆然。
「これはこれは美しいお嬢さん。君の美しさには太陽も恥らって日没するでしょう」
「あの、思いっきり日中ですけど……」
「では、いずれ沈むでしょう」
「はあ」
「私はラーズ・ロージィア・ウィリアムス。あなたの騎士となるべく生まれてきた男です。どうです? これからランチでも?」
「ええっと……」
 ハリエットを無視してベアトリーチェに強引なナンパを仕掛けるラーズ。
(く、屈辱だわ……)
 自分のようなロリっ娘はアウトオブ眼中ということか!?
 世界の王たるシュレイダー様の寵愛を受けているこの私が、こうも袖にされるなんて!
 ゆ、許せない……
「ところであそこにいる、ロリロリ子猫ちゃんはあなたのお友達ですか? 精一杯背伸びしているようですが、あなたのアダルティな魅力には敵いませんな。はっはっはっはっ!」
(にゃっ……)
 ハリエット、プライドずたずた。
 ベアトリーチェははっとして慌ててハリエットに振り返る。
 ハリエットは顔を俯けると、ぷるぷるとこぶしを握り、小刻みに肩を揺らす。
「おやっ? おトイレを我慢してるのかな? はははっ、可愛いなあ」
「こ、こ、こ、このニャロオオオオオオオオオ!」
 ついに大爆発した。
 尻尾を逆立てると、シュパーンとブラッディローズをしならせて鞭打つ。
「下手に出て言わせておけば……チビだ、ガキだ、貧乳だ、まな板だ、ドラグーンの装甲板だとうるさい! うるしゃああああああああい!」
「いや、そこまで言っていないわよ……」
 ベアトリーチェはまあまあと宥めようとするが、火に油を注いだようだ。
「なによっ! 胸がデカイからっていい気になって! 私は、私は、立派なレディなのよっ!?」
「んにゃ、俺様から見たらお子様だ」
「に゛ゃああああああああああ! 光速より速く殺してやるぅうううううう!」
 ハリエットは涙目になると、素早く左手で印を結んだ。
「ま、まさか!」
 ベアトリーチェは身の危険を感じると、マリアベルを抱きかかえてその場を逃れる。
「これでも喰らえ! レイザーテンペスト!」
 ハリエットの左手に紫の魔方陣が描かれると、強烈な真空の刃が繰り出された。
 一気にラーズに襲い掛かる。
 そして間髪いれずに印を組み、
「ブラストビート!」
 今度はぶわっと砂塵がラーズを包み込む。高速に動く砂の粒子で、中にいた者はグラインダーに削り取られるようにズタズタにされるだろう。
 だが、まだ終わらない。
「続けてフリージングブリザード!」
 さらに凍てつく猛吹雪がラーズに襲いかかり、
「おまけのフレアバースト!」
 最後は複数の火球が撃ち込まれ、派手に爆発を巻き起こす。
 消し飛んだ。
 何もかも。
「ふう、私としたことが熱くなってしまったにゃ。思わず4大元素魔法のフルコースを叩き込んじゃうなんてね」
 すっきりしたと額をぬぐうハリエット。
 月の女王を侮辱した報いよ、死んで当然ね。
 と、
「いや〜、いい物を見せてもらったよ。下手な花火大会よりも綺麗だった」
 ぱちぱちと拍手をする誰か。
「ふふん、でしょ? って、え゛っ……」
 我に返るハリエット。
 いた。
 煙で見えなかったが、風によって視界が回復するにつれて、シルエットが浮かび上がってきた。
 ラーズ・ロージィア・ウィリアムス。
 全くの無傷。
 唖然とするハリエットをよそに、ぽりぽりと首筋をかくと、懐からタバコを取り出して口に咥える。
「あ、さっきの魔法でいいから火を貸してくれねえか? あいにくとオイルを切らしてるんだ」
「あっ……あっ……」
「で、次はどんな隠し芸を見せてくれるんだ? 期待してるぜ?」
 ラーズはつかつかと歩み寄ると、ポンポンとハリエットの頭を叩く。
 魔法が全く効いていない!?
 衝撃の事実にハリエットは腰砕けになると、ぺたんと尻餅をついてしまった。
 自分の切り札が通用しない。そんな馬鹿な……!
 ハリエットは歩き去っていくラーズに振り返ると、彼の思考を読み取ろうと精神を集中した。
 そうだ、精神を乗っ取ってしまえば……!
 …………
 駄目だ、全然読み取れない!
「そんなっ……」
 負けた。
 この私が負けた……
 グリモワールに封じられた禁呪すら操れる、稀代の魔術師であるこの私が……
 そのあまりの落胆ぶりは、ハリエットの耳がぱたりと垂れるほどのものだった。
 と、ベアトリーチェの脳裏に天啓が閃く。
(もしかして、この男を利用すれば、あるいはシュレイダーとハティの裏を掻けるかも!?)
 希望の光が胸を射す。
 いける、いけるわ!
「ん? 何か忘れてるな?」
 ラーズはしばし天を仰ぎ、
「ああ、そうだ! ベアトリーチェちゃんをお食事に誘い出して、ベッドでムフフ大作戦を実行しなければ!」
 好色丸出しの下卑た声で、高笑いをするラーズ。
 と、
「丸聞こえだ、バカ!」
 ガキン!
 ブリトニーのハンマーが脳天にめり込んで、ラーズは大の字に倒れる。
 ピクリとも動かない。
 死んだか?
 …………
 ベアトリーチェとハリエットは展開についていけず、二人とも神妙な顔つきでラーズを見下した。
 ラーズ・ロージィア・ウィリアムス。
 その男は、そういう男であった。



「ドラグーンを俺様に寄越せ!」
 臨時作戦会議におけるラーズの第一声はこれだった。
 スカーレットフェアリーは装甲の損傷こそ著しかったが、応急修理によってある程度の回復が見込めたので、戦力として運用することが期待できそうなのだ。
 よって、作戦を微調整しようとベアトリーチェが臨時作戦会議を提案したのである。ゼノビアはそれを承認した。
 そして最初の発言が、この無法者の発言であった。
「そうすれば帝国の勝利は確実となる。そしてベアトリーチェちゃんは俺に惚れ直すことだろう。ふははははははははははははっ!」
「いい加減にしろ!」
 ブリトニーのハンマーが一閃。
 ラーズ、沈黙。
「しかしスカーレットフェアリーは国の遺産とも言うべきもの。父上の形見でもあるのだ。出来れば戦場に出したくない」
 ゼノビアは指を組むと難色を示す。
「それにパイロットのマリアベルも長旅で疲れているし、実戦経験者ではない。土台、無理があるというもの」
「いえ、その問題は私でカバーします、陛下」
 スカーレットフェアリーのもう一人のパイロットであるレオニードが発言をした。
「今は戦力を温存できる余裕などありません。形見を愛でるにしても、この戦争に勝たなくてはいけないのです。違いますか?」
「むぅ」
「ゼ、ゼノビア様、私もレオニード少尉の意見に賛成です。大丈夫です、覚悟は出来ていますから」
「むぅ」
 マリアベルの発言に唸るゼノビア。
 瞳を閉じてしばし熟考。
「分かった、出撃を許可する」
『ありがたき幸せ!』
 マリアベルとレオニードの声がはもった。思わずお互いの顔を見詰め合ってしまう。
「ただし、任務は私の護衛とする。異論はないな?」
『はっ!』
 二人はかしこまった。
 と、ラーズが復活する。
「ところで、俺様のドラグーンの件なのだが……」
「あ、続いていたのね」
 ブリトニーははいはいと呆れ顔で肩をすくめた。
「どうよ? 第3世代以上じゃないと、俺には操縦できねえ。あるいは二人乗り(タンデム)なら第2世代でもイケると思うんだが」
 やる気マンマンのラーズ。
 マリアベルはあはははと空笑いするしかなかった。
 ベアトリーチェは「はあっ」と大げさに溜息をつくと、
「結論から言うと、パイロットとしての技術が未知数である上、部外者のあなたに、高価かつ機密の塊であるドラグーンを操縦させることは出来ないわ」
 ぴしゃりとラーズの要求を跳ね除けた。
 うんうんと頷くハリエット。
「じゃあ、ベヒモスはどうよ?」
「同じよ。飛ばないだけの違いでしょ!?」
「はあ、じゃあ、なんだ? パイロットとしての腕前を示せばいいんだな?」
「そんな時間の余裕はないわ。もう始まるのよ、戦いは」
「ああ、ったく! 俺様は誰よりも上手く操縦できるのに!」
「口ではいくらでも言えるわ。今回はあきらめなさい!」
 ベアトリーチェは頑として譲らなかった。
 こんな大事な作戦をワケの分からない男の思いつきで台無しにされてたまるか。
 結局ラーズはライオネルに搭乗することになった。
「ちぇっ、こんなチンケなグリフィンじゃなくて、ドラグーンでババ〜ンと暴れたかったなあ……」
「おいおいラーズ。戦争は遊びじゃねえんだぞ?」
 ボイドがやれやれとラーズを諌める。
「わ〜ってるって! バッチリ働いてみせるさ」
「でも、ライオネルの武装じゃ、やれることは限られるよね……」
 ブリトニーは不安顔。
 ライオネルには護身用の12.7mm機銃が二つ取り付けられているだけであり、ドラグーンの装甲には歯が立たない。もちろん、ドラグーンより装甲の厚いベヒモスにはなおさら意味がないだろう。
 せいぜい、革命軍の歩兵や騎兵を蹴散らすぐらいであろうか。
「とりあえず、サイクロプスに逐一状況を送ればいいんだろ? 偵察機って奴だ」
 ボイドの言うサイクロプスとは、帝国軍の所有する唯一の陸上戦艦空母のことである。もちろん司令官はゼノビア・フォン・ディバインだ。
「あっ? そんなショボイ仕事だけじゃねえよ」
 そう言うとラーズは円形の筒をボイドに投げて寄越す。
「ん? おわっ!?」
 ボイドはその筒を見て焦りまくった。
携帯型対BMミサイル(バスターミサイル)!? 一発数百万ガリーはする高級品じゃねえか! どっからこんなものを……」
「ふっ、軍の倉庫からちょろまかしてきたぜ」
「いいのかよ……」
 ボイドとブリトニーはジト目でラーズを睨む。
「勝てば官軍。ようは結果を出せば誰も文句は言わねえよ」
「言うと思うがな……」
「じゃかしい! とにかく、こいつをライオネルに積んで、ボイドに撃ってもらう」
「俺に!? バスターミサイルって、誘導性能あったっけ?」
「ね〜だろ。直進しかしない。つまり、照準頼みだ」
「んな無茶な……」
「無茶を通して道理が通る! 最初から諦めるのは、去勢したニューハーフだけだ。漢なら根性見せろ!」
 ラーズはまたまた無茶苦茶な論法を押し付けてきた。
 ボイドは半ばやけくそ気味に「へいへい」と答える。
「ふっ、俺様の天才的な操縦で、下僕一号のセンスの欠片もない射撃能力を補ってやるから安心しろ」
「それ、全然安心できないんだが」
 ボイドはげんなりしたが、いつものことなので我慢する。
 ラーズたちはグリフィンに乗り込むと、早速各種計器類のチェックを始めた。と、
『本当にいいの? ここまで付き合ってもらう契約じゃないのに』
 マリアベルの心配そうな声が通信を介して飛び込んでくる。
「な〜に、乗りかけた船だ。はい、さようならとはいくまいよ」
 ボイドは答え、
「何言ってるの、あたしたち親友でしょ? 親友が困ってるのに見捨てるわけがないじゃない!」
 ブリトニーはにかっと微笑んでみせ、
「ふっ、俺様は恋の奴隷だからな。ベルちゃんの行くところ、どこまでも付き合うぜ。きら〜ん」
 激しく歯の浮いたセリフをラーズはのたまった。
「みんな……ありがとう」
 マリアベルはスカーレットフェアリーの後部座席で感極まった。
 その姿を見て、
「ええ、やってやりましょう! 僕達の力を見せるときです!」
 操縦席のレオニードも振り返って親指を立てる。
「うん、頑張らなくちゃ。皆のために」
 マリアベルは気合を入れると、ホログラム化されたインターフェースに目を配った。が、さっぱりワケが分からない。困ったものだ。
「ねえ、レオ〜。やっぱり全然分からないんだけどぉ」
「大丈夫です。マリアベルは機体とのシンクロだけに専念してください。後は僕がやりますから」
「ごめんね、私、ただ乗ってるだけで……」
「そんなことはないですよ。こんな巨大な機体を動かせる魔力を送り込んでいるんです。自信を持ってください」
 レオニードはにっこり微笑むと計器類に視線を戻した。
「正直、アビオニクスは前世代的ですね……火器管制システム(FCS)がないので、照準はアナログですし、せっかくのリニアビューも、カメラが故障していて、メインカメラのカバーする前方映像しか送られてきませんし……このドラグーンの固有武装はレーザー砲らしいですけど……使えますか?」
 レオニードに尋ねられ、マリアベルは首の据わらない子供のように左右に振る。
「分からないの。前は聞こえていた『声』も聞こえなくなっちゃってるし……」
「声? モニカ様の記憶という奴ですか?」
「なのかな? とにかく、スカーレットフェアリーが急によそよそしく思えてならないの」
「ん〜、分からないことだらけですね。とりあえず、マニューバーは正常ですから、やってみるしかない」
 レオニードは出たこと勝負だと腹を据えていた。
「一応ライフル銃を貸してもらったけど……当たるのかな?」
 マリアベルは両手に装備された対MG用35mmライフルに視線を送って首をかしげる。
「分かりません。FCSがないから命中率は極端に低いでしょうね。人間がライフル銃を撃っても中々当たらないのに、ドラグーンを介して間接的に射撃するんですから……自機の揺れや相手との相対的速度、目標の行動予測、距離、天候……様々な要因が絡み合ってきますからね。正直、牽制程度にしか使えないかもです」
「そうなんだ……」
 マリアベルはむしろほっとした。
 もしかしたら人を殺さないで済むから……甘えた発想だとは分かっているが、進んで人殺しになりたいわけではない。
「とにかく、我らが姫君を命にかけても守り抜きましょう!」
「ええ!」
 二人は力強く頷きあった。



 帝国軍の攻撃は日没からしばらく経って開始された。
 暗視に関する魔法や魔導器具が開発された現代においても、闇夜は十分奇襲のアドバンテージになりえるのである。
 夜間戦闘は極端に視界が狭くなる。兵力の質と量で劣る帝国軍にとっては強い味方であった。
 ちなみに平時の帝国軍の編成だが、陸上部隊は5個軍団で編成されており、1個軍団の内訳は機甲師団が2つ、機動打撃師団が2つ、歩兵師団が4つの合計8個師団で形成される。また、人数的には師団とは呼びきれないが、便宜上師団に区分される近衛師団と空挺師団がある。
 歩兵師団はそれぞれ20000名を基準として、歩兵旅団2個、重装歩兵連隊3個、砲兵連隊3個を保有、支援部隊として工兵、通信兵、偵察兵、衛生兵、補給兵、整備兵等がついてくる。
 機甲師団は数百機のベヒモスを主戦力に、ベヒモスをサポートするための重装歩兵、騎兵、砲兵がそれぞれ1個連隊。支援部隊は歩兵師団と同じである。
 機動打撃師団は騎兵旅団が1個、歩兵、砲兵が1個連隊。支援部隊は歩兵師団に準じる。
 空挺師団は後述の輸送航空団との連携で運用され、空挺部隊1個連隊と支援部隊で運営される。少数精鋭の特殊部隊だ。
 航空部隊は内訳として戦闘航空師団が4つ、偵察航空団が1つ、魔法支援航空団が1つ、輸送航空団が2つ、航空救難団が1つとなっており、戦闘航空師団はさらに戦闘航空団、攻撃航空団、爆撃航空団に細分化される。
 ちなみに、ベアトリーチェとクロヴィスはそれぞれ戦闘航空師団の師団長を務めている。通称このポジションを「4竜将」と呼称し、その戦闘能力と戦略に及ぼす影響から、帝国軍でもっとも栄えある地位としている。
 なお、現在はこの軍勢が内乱によって真っ二つに割れていた。
「ふ〜ん、そうなんだ」
 レオニードの説明にようやく合点がいったマリアベル。
「ちなみに私達はベアトリーチェ様指揮下の攻撃航空団所属です。ハリエット様は魔法支援航空団の所属ですね。ラーズたちは偵察航空団の所属という按配です」
「で、私達は戦艦に近付く敵を追い払えばいいんだよね?」
「そういうことです。携帯型の対BM兵器や対DG兵器が発達した現代、歩兵が再び地位を取り戻し、ベヒモスやドラグーンも迂闊に突貫してくることはなくなりました。歩兵や騎兵との密接な連携攻撃が現代の戦闘スタイルです」
 レオニードが現代戦闘を解説する。
「ということは、歩兵や騎兵にも銃を向けることになるんだね」
「そうですね、それが戦争です」
「ううっ……」
 マリアベルは胃液が逆流しそうな不快感を覚えた。
「嫌なら降りてください……と言いたいところですが、スカーレットフェアリーはベルの力が必要不可欠。しかも帝国はスカーレットフェアリーを待機させておく余裕なんてないんですよ。その覚悟でこれに乗ったのでしょう?」
「うん、そうだよね……」
 そうだ。守る者と守られる者に敵の命を喰らうという点で違いはない。結局、誰かが手を汚さなければいけないのだ。
 さもなくば、お姉様やゼノビア様、レオニード、ブリトニー、ラーズ、ボイド、友達……愛しい人たちの命が失われてしまう。
(そんなのはイヤ!)
 マリアベルはブンブンと首を左右に振った。
 誰かが言っていたが、戦争とは究極の取捨選択のことなのだ。まさに運命を掴み取る戦い。
 その意味がようやく理解できた。
「やるしかないんだ……!」
 恨むなら戦争が存在する不幸な時代に生まれた自分を恨むしかない。もちろん、恨んだところで何の解決にもならないのだが。
 と、
 シュパパパン
 遥か前方に無数の火の玉が打ち上がった。まるで出来損ないの花火である。
 これは帝国軍の照明弾だ。敵の位置を割り出し、正確な夜間射撃を可能にするため打ち上げたのである。
 続けて迫撃砲と榴弾砲の一斉砲撃音がこだまする。
「始まりましたね」
 レオニードは冷静に状況を告げた。
 今度はさらに遠くから無数の火の玉が打ち上がる。
 帝国軍の奇襲を受けて、慌てて革命軍が反撃のための照明弾を打ち上げたのだ。しかしもう遅い。
 着弾音、爆砕音が空振となってびりびりとスカーレットフェアリーに打ち付ける。
 その激しい砲撃を盾に、次々と帝国軍のドラグーンが発進していった。その中にはあのベアトリーチェもいる。
「お姉さま……」
 マリアベルは両手を固く結ぶと、ベアトリーチェの無事を神に祈った。



『こちら地上管制。ローズ1の発進を許可します』
 サイクロプスのカタパルトに係留されたDGF/A−18E/F ソニアクイーンは、対DG戦闘を意識した追加武装と補助バーニアを取り付けており、普段の軽快なシルエットがややずんぐりとしたものに変わっていた。通称、アサルトパッケージと呼ばれる兵装で、不要になった場合は戦闘行動中でも分離(パージ)することが可能である。
 これからの激戦を想定すれば、これでも気休め程度にしかならないが。
 ベアトリーチェは眼前に映し出されるホログラムに一瞥をくれると、機体に異常がないことを確認した。
 出撃の時だ。
 と、出撃前のハリエットとの会話が頭をよぎる。
「一つ勘違いをしているようだから、言ってあげるわ」
 ハリエットはベアトリーチェの前で振り返ると、
「今回の戦争はシュレイダー様の意向が大きく働いている。しかし全てをコントロールはしていない。そう、運命とは元来、人の手で制御できるほど単純なものではないから。だから、カースレーゼ陣がシュレイダー様の号令で動いているとは思わないことね」
「なるほど、そのためのアークシステムだったわね……」
「そうね。我々の願望、必ずや果たさなければならない」
「嘘ね、ハティ」
 ハリエットは不意を衝かれたのか、ベアトリーチェの顔をまじまじと覗く。
「何が?」
「『我々』ではなく『あなた』のでしょ? あなたはシュレイダーしか見ていない」
 ベアトリーチェにずばりと指摘され、
「くっくっくっくっ……あーはっはっはっはっ!」
 ハリエットは肩を震わせると、天を仰いで破顔した。
「やっぱり侮れないわ、あなた。そうね、その通りね。認めるわ。くっくっくっくっ」
 そういうハリエットの瞳には狂信的な炎が宿っていた。
「そうよ。私の魂は全てシュレイダー様との愛に捧げた。だからあなたはあなたの愛しい人のために戦いなさい。くっくっくっくっ」
 一体どこまで本気なのだろうか?
 私の精神を完全に支配する様子もなく、まさに猫のような気まぐれで彼女は行動している。
 シュレイダーも不気味だが、長年連れ添い、ある程度は分かっていたつもりになっていたハリエットがどんどん分からなくなっていく。
 ただ、確かなことは一つ。
(この戦争は完全な出来レースだと思っていたけど、シュレイダーですらこれを完璧にコントロールしているわけではない。人の力の限界ということか……)
 ゆえにアークシステムの何と恐ろしき力か。
 本当にそんなシステムがこの世に存在するのか?
『地上管制よりローズ1へ。発進してください!』
「アイハブコントロール。ローズ1、テイクオフ!」
 ベアトリーチェは雑念を振り払うと、スロットルを振り絞ってリミッターを解除した。
 キュボォオオオオオオオオオ!
 迸る青白い魔光とともに、ソニアクイーンは爆発的な加速力で発進した。
 その強烈な推進力は凄まじく、あっという間にサイクロプスが小さくなっていく。
 ソニアクイーンに引き続き、薔薇騎士団の隊員達が搭乗するDGF−18C アークエンジェルも発進した。そしてハリエットの搭乗するDGA−10B パルフェタムールも発進し、さらに後続にはクロヴィスの搭乗するDGS−15E キングレオと、その配下が乗るDGF−15D ドミニオンも発進する。
 第4世代機と第3世代機で構成された帝国軍最強の飛行隊(スコードローン)である。
(シュレイダーの意図が読めない。読めない以上は、今できることを全力でやるしかない。よし)
 ベアトリーチェは覚悟を決めると、愛しい薔薇騎士団の部下達に伝令をした。
「いいこと? なんとしてもパルフェタムールを作戦地域まで死守するわよ」
『了解!』
 ベアトリーチェの呼びかけに、薔薇騎士団の隊員達は一糸乱れぬ追従を見せた。
 これでこそ私の信頼する薔薇騎士団の隊員だ。この戦いで誰一人、死なせはしない!
(さあ、相手はどう来る?)
 ベアトリーチェの最初の相手は、意外に早くやってきた。
 ピピピピッ
 ソニアクイーンのコクピットにアクティブレーダーを照射されている警報音(アラート)が鳴り響いた。
 しかし敵影はレーダーには映っていない。
「なっ、ステルス!?」
 ピーーーーーーー!
 やがて、完全にミサイルにロックオンされた事を知らせるアラートに切り替わった。
 夜間だからミサイルの航跡を肉眼で捕らえることは不可能だ。
「くっ」
 ベアトリーチェは取り敢えず回避行動を取る。
 熟考を重ねた最良の判断ではなくとも、まずは行動を起こすことが戦場においては良とされるからだ。目まぐるしく攻守が切り替わるDG戦において、熟考しているうちに状況は最悪を向え、結局何も出来なくなることが多い。
 ソニアクイーンの優秀なアビオニクスなら、パッシブレーダーに認識されたミサイルをマーキング出切るはず……よし、映った!
 ミサイルは全部で8発!
「避け切ってみせる!」
 ベアトリーチェは巧みにソニアクイーンを制御すると、まずは最初に迫り来る4発のミサイルを飛行形態で交わし続け、続いて追撃してきた4発のミサイルを、空中で素早く人型に変形してから、レーザーショットライフルを散弾(ショット)モードに切り替えて全て撃墜した。
 しかし、息をつく暇はない。
 ミサイルは可愛い部下達の乗るアークエンジェルにも迫っていた。
『きゃああああ!』
『いやぁあああ! 来ないでぇえええ!』
 団員達のパニックに陥った悲鳴が通信を介して飛び込んでくる。
「落ち着きなさい! 今行くわ!」
 ベアトリーチェは団員達を一喝すると、素早くソニアクイーンを飛行形態に変形させて救援に向った。
「はぁあっ!」
 ソニアクイーンは空中で人型に変形すると、同士討ちを避けるためにライフルモードに切り替え、雨あられとレーザーを乱射して次々にミサイルを撃墜した。ソニアクイーンの優秀なFCSの助けもあるが、味方一人傷付けない離れ業である。
『あ、ありがとうございます! ベアトリーチェ様!』
「お礼を言っている暇はないわ。作戦を続行して」
 ベアトリーチェは団員達の気を引き締めさせると、引き続き任務を続行しようとし、
「!」
 遠方からいきなり強烈な射撃が受けた。
 ベアトリーチェは間一髪で、その射撃を飛行形態に変形させながら避ける。
(狙撃!? まさか)
 ベアトリーチェはこの戦法に思い当たった。
 おそらく敵はDGF−17A シャドーギャラクシー。
 帝国初の本格的なステルスドラグーンであり、あまりに高価かつ複雑なため、試作機を含めてわずか4機しか製造されなかった曰くつきだ。
「散開して! 狙い撃ちされるわよ!」
 ベアトリーチェの注意喚起に、素早く反応する薔薇騎士団の隊員。
 しかし、
『甘い!』
 続けざまの3連射で、一機のアークエンジェルが翼に被弾した。
『きゃああああ!』
「メアリ!? 脱出して!」
『は、はい!』
 ベアトリーチェに促されて脱出を試みるメアリだったが、
『駄目です、脱出装置が……』
 そう言うや否や、さらに容赦のない銃弾がメアリ機に撃ち込まれる。
『いやぁああああっ!』
「メアリ!? メアリィッ!」
『ベアトリーチェ様……ご武運を……』
 それがメアリの最後のセリフとなった。エンジンに引火をして機体が派手に爆散する!
「メアリィイイイイイイイイ!」
 ベアトリーチェの声は届かなかった。
 さっき、一人も死なせずと誓ったばっかりなのに……
『はっはっはっ〜〜〜〜〜! いいねえぇ〜〜〜〜! 若い娘の悲鳴は最高の美酒だ。酔っちまうよ。ちびっちまうよぉおおお。もっと聞かせてくれ、ベイベェ』
 いきなり回線に割り込んできた下卑た男の声。生理的嫌悪感をそそるには十分だった。
「お前は……ゲーニッツ!」
 ベアトリーチェはきっと正面を見据える。
『うひょぉおお〜〜〜〜! その通り! いいねえぇ〜〜〜〜! ベアトリーチェちゃんが怒ってるよぉおお。イジメッられちゃうよぉお。感じちゃうよぉおお』
 ゲーニッツはコクピットの中で身をよじって悶えた。30代に差し掛かるこの男、こう見えてもれっきとした4竜将の一人。つまり、性格はさておき、実力は確かということである。
『さあ! さあさあさあ! DGS−14Dナパームデス改め、このDGF−17S ヴェイダーを相手に、どんな悪足掻きを見せてくれるのかなあ? 言っておくけど、もたもたしてると、君の可愛い子猫ちゃんたちを、一匹ずつ食べちゃうからね〜ん。出来れば毛皮をひん剥いて、ケツから串刺しにして食べたいけど、今日は撃ち落すだけで勘弁してあげるよ。俺って、優し〜〜〜!』
 ぎゃはははははと嘲笑するゲーニッツ。
「この、下衆が!」
 ベアトリーチェは通信回線から逆探知したゲーニッツを補足すると、素早くゲーニッツとの間合いを詰めようとする。
「愚かな、ゲーニッツ! ステルスは隠れてこそ本領を発揮できるというもの。位置さえ特定できれば!」
 ベアトリーチェは目標をロックオンすると、
「死ね!」
 ミサイルの発射ボタンを押す。ソニアクイーンからミサイルが4発放たれた。アクティブホーミングで目標に向ってしっかり誘導されていく。
 キュドオオオオン
 爆発、炎上!
 が、
 ドシュドシュ!
 あらぬ方向からの射撃を受けて、慌てて回避行動に移るソニアクイーン。
 射撃は容赦なくアークエンジェルにも襲い掛かり、またもや二機が被弾した。
『ベアトリーチェ様、申し訳ございません!』
 団員たちは己の未熟さを恥じると、脱出装置を作動させて機体を放棄する。
「くっ、ダミー!?」
『そういうことだよ、仔猫ちゃん。頭がいいって聞いていたけど、やっぱりケモノ並だね。がっかりだわ』
 ゲーニッツの通信が様々なポイントから送られてくる。
 おそらく空中にばら撒いた通信機を介して、ソニアクイーンに音声を届けているのであろう。これでは位置の特定は困難だ。
(くそっ、このままこの宙域に貼り付けにされては、後続の革命軍の航空戦力と地上の対空戦闘兵器に挟まれて絶体絶命になる! なんとか突破しなくては!)
 ベアトリーチェは一瞬思考を巡らせる。
 しかし、
『というわけで、ケモノのように犯してあげるよ、ベアトリーチェちゃんよぉ!?』
 ベアトリーチェの一瞬の隙を見逃さず、正確無比なゲーニッツの射撃が放たれる!
「ちぃっ」
 ベアトリーチェは一瞬遅れて回避行動を取った。
 間一髪でアサルトパッケージの装甲に被弾するに留める。しかも、幸いにもミサイルの誘爆は免れた。
『ほほう、あそこからよけるかい? シュレイダーと互角の反射神経だな、あんた』
 ゲーニッツは感心したような、馬鹿にしたような感想をもらす。
(くそっ、パルフェタムールの秘密兵器はここでは使えない。十分な魔力を温存しなければ、肝心の作戦が頓挫してしまう。ならば……!)
 ベアトリーチェは次々に飛んでくる銃弾を必死に回避しつつ、団員達に呼びかける。
「勇敢なる薔薇騎士団の団員たちよ、良く聞いて!」
 ベアトリーチェは今思いついた作戦を口にした。
「これからあなた達の魔力を全開にしてアクティブレーダーを放出して! 探知目標は全集域。よくって!?」
『了解!』
 薔薇騎士団の団員達はベアトリーチェの命令を素早く理解すると、それぞれの団員のフルパワーでアクティブレーダーを放出した。
 一方、ベアトリーチェはパッシブレーダーの感度を最大限に引き上げ、団員達の放つレーダー波を拾う。
 ステルスといえど万能ではない。一箇所からのレーダー波では探知の限界があるが、複数からのレーダー波を浴びれば……
(今まで見えなかった目標が見えてくれば……それが、ゲーニッツ!)
 ベアトリーチェは目ざとく、わずかな反応を見つけると、フルスロットルで目標に向けて爆進した。凄まじい加速力がベアトリーチェの華奢な身体を締め付ける。
(なんの!)
 ベアトリーチェは魔法で何とか重力制御しつつ、グレイアウトしそうになる自分を立て直す。
「見えた! そこ!」
 ベアトリーチェは完全にヴェイダーを目視すると、ありったけのミサイルを叩き込む。
 しかしミサイルは目標をロックしきれておらず、ふらふらとした中途半端なホーミングに終わった。
『ははは、ステルスはミサイルにも有効なんだよ。知っていたか?』
 余裕ぶるゲーニッツ。
 が、次の瞬間にミサイルが爆発した。
『なにっ!? 自爆だと!?』
 ゲーニッツは一瞬、肉眼でもレーダーでもベアトリーチェを見失う。
「つぇええええええ!」
 ベアトリーチェは人型に変形させると、そのままの勢いでレーザーブレードを引き抜いて一閃した。
「んなくそぉおおおおお!」
 ゲーニッツは体さばきで剣戟をかわそうとするが、僅かに判断が遅れてヴェイダーの左腕を切断される!
「ぬがぁあああああっっ!」
 ヴェイダーのダメージはゲーニッツにも少なからずいっているはずだ。ドラグーンは機体とシンクロしてこそ真価を発揮する。それは痛覚さえ共有するということだ。
「くぅおの雌豚が!」
 ゲーニッツは左腕のシンクロを遮断すると、素早く右腕でブレードを抜き放って、ベアトリーチェの剣戟を受け止める。
 激しい鍔迫り合いを繰り広げる両機。
接近戦(CQB)に持ち込めば、魔力で勝るこちらの方が上よ!」
 ベアトリーチェの強がりは本当だった。ヴェイダーのブレードは魔法によって刀身を保護されてはいたが、ベアトリーチェの巨大な魔力を背景にした高出力のレーザーブレードを受け止めるには少々軟弱だった。じりじり刀身が焼かれていく。
 ズバン!
 刀身ごと右腕をなぎ払うソニアクイーン!
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!」
 ゲーニッツは絶叫を上げると、ほうほうの体で飛行形態に移行する。
「逃がさないわよ!」
 ソニアクイーンも直ちに飛行形態に移ると、追撃に移る。
 しかし、
 ピーーーーーーー!
 ソニアクイーンに迫る無数のミサイルの雨!
「くっ、こんな時に!」
 ソニアクイーンは追撃を諦めると、ミサイルの回避行動に移った。
 革命軍の要撃部隊が到着したのだ。
 革命軍の主力ドラグーンであるDGF−16C、その数およそ100機以上。
 とても無視できる数ではない。
『やるねえ、仔猫ちゃん。次はこうはいかないよ』
 ゲーニッツは捨て台詞を吐くと、本隊へ帰還していく。
「何度でも来なさい。勝つのは私よ!」
 ベアトリーチェは強がってみせると、息つく暇もなく新たなる敵との交戦を開始した。



TO BE CONTINUED……

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